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2011.03.13 (Sun)

【都筑の風】 怖かった!

   
     
怖かった!@都筑の風           2011.03.13



今回起きた地震で被災された方々に対し、
心より哀悼の意を表します。




          【注】当分の間、ブログの更新はお休みさせて頂きます





「つくね、こっちにおいで!」

最初の揺れ、また地震かとくらいにしか最初は思わなかったが、
今回の地震は一向に揺れが収まらない。

つくねも、何か異変を感じているのか、
直ぐに私の方に駆け寄り腕の中に飛び込む。

2階の部屋から階段を下りる。

「バターン!!」

戸とが閉まるような音がする。

「エッ、帰ってきていたの!」

義母と嫁さんが外出していたのだが、戻ってきたのかと一瞬思ったが違った。

グラグラと家が揺れている!

リビングに降りて一呼吸するが、部屋の明かりが激しく左右に動いている。

まだ、揺れが収まらない。

テーブルの下にもぐろうかと思ったが、庭に出た方が安全と思い
つくねを抱いたまま外に出る。


地面が揺れているのがはっきりと分かる。
立っていられない。

つくねがう腕の中で暴れる。

「つくね、駄目!」

腕から逃れようとするつくねを抱きながら、庭にしゃがみ込む。

目の前の家の壁が揺れている。
庭木の枝が同じように小刻みに動く。

これは、大変だ!

2階の部屋から庭に出るまでにも時間がかかっているのに、
それでもまだ揺れが続いているのである。

こんなに激しく、かつ長い間揺れる地震は初めてである。


足元が動いている。
目の前の家がギシギシ音を立てている。

怖い!
と思った。

こんな時に、義母と嫁さんが外出している。
携帯に電話をするが、何度かけてもつながらない。
二人の子供の携帯に電話を掛けるが同じようにつながらない。

携帯電話の規制が掛っているのだと分かっているが、
無駄と分かっていても、直ぐにリダイヤルをする。


しばらくして、いや私の体内時計では相当長い間であるが、
ようやく揺れが収まり一旦家の中に戻る。

と、同時にまたすごい揺れだ。

思わずまた庭にでる。

二三度出たり入ったりするうち、
ようやく揺れが収まってきた。


玄関のドアのかぎを開け、逃げ道を確保する。
道路に出ると、近所の奥さんが小さな子供を連れて避難していた。


「大丈夫ですか!」

「はい、なんとか。でも家のは、飼っていた魚の水槽の水があふれて水浸しです」

そんな話をしている最中に、またグラッと身体に感じる揺れが襲う。

前に家の駐車場に止まっている4駆の車が上下に揺れ出した。
電線が、縄跳びの紐のように波打っている。

「ワー、怖い!」

その奥さんも、子供を腕の中にしっかり抱きながら道路にしゃがみ込む。

こんどは、家と道路の間を何回か出入りする。
強い余震が続く。

義母や嫁さんとまだ連絡がつかない。

長男からは固定電話が入り無事が確認できる。


少し落ち着いて、家の中を確認して驚いた。
玄関に掛っていた絵の額が落下、
部屋の中の額も傾いている。

それどころか、中庭の石灯籠が倒れているのである。
本棚の上の花瓶が落ち、パソコンの外付けHDが倒れている。

義母と嫁さんがまだ捕まらない。
二男とも連絡が取れない。

TVで地震の様子が報じられている。
リアルタイムで津波が多くの家屋を飲みこんでいっている。


大変だ、義母や嫁さんは、二男はどうなっているのだ。



心配を抱えながら待つこと2時間ほどしてようやく
義母と嫁さんが戻ってきた。

新横浜の高層ビル、ぺぺに買い物していた時地震に遭遇したとの事。
一部壁などがはがれたりエレベータが止まったりするなか、
係員の誘導に従って避難したらしい。

何とか揺れが収まった段階で嫁さんは、
義母を1階に待たせたまま6階まで駆け上がり車を出したらしい。

外に出ても、停電で信号機が作動していない。
ゆっくりと車を走らすが、反対車線は既に渋滞で車が動いていなかったのこと。

そんななか、なんとか家にたどり着く。
無事を喜ぶが、TVの中の映像は、刻々と地震の悲惨さを伝えている。
義母のほっとしていた顔が不安そうな顔に代わる。

二男との連絡がついたのは夜の8時過ぎ。
本当にほっとする。

横浜も震度5強の報道、
携帯や固定電話が少し通じるようになったのか
親戚や友達からも一斉に安否確認の連絡が入りだす。


私の身辺では、怖い思いをしただけで済んだが、
TVで見る被災地区の被害は想像を絶する状況である。


地面が揺れた、家族と連絡が取れない、
それだけでもこれだけ怖い思いをし、心配もした。

東北地方の被害を受けた方々は、そんな生易しいものではないだろう。

被害にあわれた方々に本当に心より哀悼の意を表したいし、
今後の復旧にみんなで力を合わせて臨んでいけるよう期待し祈りたい。


【注】
 当分の間、ブログの更新はお休みさせて頂きます


 
                                   【都筑の風】目次



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2011.03.09 (Wed)

【都筑の風】 都筑歴史探訪(川和町)

    
     
      
都筑歴史探訪(川和町)@都筑の風           2011.03.09



なんと富士山より高く凧が舞い上がっているではないか。


川和町1


といっても、この富士は、
江戸時代に築かれその後港北ニュータウンの造成により
現在の位置に築き直された富士塚川和富士である。


川和町2


高さが74mもありその頂上(?)に登れば、まさに360度の展望が効き、
視線の先には本物の富士山や横浜みなとみらい地区のランドマークタワー等が望める
都筑区内の人気のビュースポットの一つである。


川和町3   川和町4




以前このブログで、江戸時代の大山詣でで栄えた荏田宿の話をしたが、
今回は、都筑区の南西部に位置する川和町の話である。


現在都筑区の行政や商業の中心は、センター南駅とセンター北駅を含むタウンセンター地区であるが、
明治から昭和にかけては、川和町がこの辺りで最も栄えていたという。

というのも、川和町は、古くはから鎌倉街道の宿場町川和宿として賑わい、
また明治から昭和にかけては、都筑郡の郡役所がおかれていたことからでもわかる。

明治の初期に制定されたという都筑郡は、
現在の都筑区、青葉区、緑区の全域とその周辺を含む広大な行政区であった。

その中心が川和町であり、郡役所以外にも警察署、消防署、郵便局、法務局など
行政施設のほとんどが川和町にあったという。


川和町5
(写真の手前から二つ目の洋館の建物が郡役所:
 「わが町の昔と今」 とうよこ沿線編集室 編集 より)


上の写真は、昭和10年頃の写真と言うが、近代的な建物が建っているかと思えば、
自転車や着物姿で行き交う人々の姿が当時の川和の様子をほうふつさせてくれる。

現在は、川和宿や郡役所の有った写真のような面影は当然なくなってはいるが、
近代的な港北ニュータウンに比べれば、のどかな雰囲気が色濃く残る所である。


川和町6   川和町7


また川和町にある八幡神社には、かって関東随一と言われた
樹齢千年とも言われ高さが50mを超す大杉が有ったが落雷で伐採されたとのこと。
鎌倉街道を旅する人もこの大杉を目印にして川和の町を行き交ったのであろう。


川和町8   川和町9
                           (写真は「わが町の昔と今」より)


当時の川和宿の街道を歩いて巡る人達と道路沿いに今も残る二十三夜塔。


川和町10   川和町11


古くから月を信仰の対象とした月待ちの講の行事があり、
十三夜は虚空蔵菩薩、十五夜は大日如来、二十三夜は勢至菩薩を祀ったという。

その中で、月は勢至菩薩の化身ということで
二十三夜講が最も一般的で全国に広がったとのこと。

いまや宿場としての面影がない街道に
かすかに当時の面影を思い起こさせる二十三夜塔である。



そんな栄えた川和町も時代の流れに取り残されていくようになった。

色々な要因があるのだろうが最も大きな要因の一つに
JR横浜線(当時は私鉄の横浜鉄道)が川和町を通らずに
現在の緑区中山町を通ったことにあるという。

川和町の人達が横浜線建設に反対したとも、
あるいは川和町に横浜線を通すには鶴見川と恩田川の二つの川に鉄橋を掛ける必要があり
建設費がかさむため避けたともいわれている。

いずれにせよ川和町を横浜線が通らなくなったため、
中山町が川和町に代わって栄えるようになり、
川和町にあった主要な行政施設のほとんどが中山町に移っていき川和町は寂れていったという。
日本全国に良くある話の一つである。



2008年3月に開業した地下鉄グリーンラインの川和駅。


川和町12
 

無機質なコンクリートの高架の駅の雰囲気を、
のどかな田園風景の川和の町になんとかなじませている菜の花畑。


川和町13


将来駅前の再開発によりこの菜の花畑もいつまであるのかわからないが、
人に優しい街づくりをした都筑区の港北ニュータウン、
川和町は同じ都筑区内にある町である。

将来の人が、歴史探訪をした時に、
評価される街となっていることを期待したい。







                                   【都筑の風】目次




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2011.03.05 (Sat)

【都筑の風】 一足先に

       
           
          
ひと足お先に@都筑の風             2011.03.05




3月の声を聞くと、何処となくもう春と言う気分になる。
しかし、三寒四温とはよく言ったもので、
この時期、寒さと暖かさが交互にやってくるので義母は困っているようである。

3月3日桃の節句だが、「都筑の森」にはあいにく桃の花はほとんど見当たらず、
まだいたるところで白梅紅梅が咲いていている。


一足先に1a   一足先に2



例年桃の節句に合わせ、都筑民家園では3月6日まで吊るし雛飾りが飾られる。

生まれ育った富山県の田舎や長年住んだ京都にもない珍しい風習なので
毎年欠かさず訪れて楽しませてもらっている。


一足先に3a   一足先に4


一足先に5a   一足先に6a


一足先に7a   一足先に8



年を重ねるごとに、飾られる雛飾りの数が増え、
また飾り付けにも工夫が凝らされてきている。


一足先に9   一足先に10



伝統文化の伝承が難しい今日、
この雛飾りをみてなごむ心、
日本人のDNAとして伝えていきたいものである。


一足先に11



桃の節句が終われば、春はもうすぐであるが、
ここは一足早く春の訪れである。


一足先に12   一足先に13
             (大塚歳勝土遺跡公園南側斜面の桜)
          
 
一足先に14   一足先に15
            (地下鉄グリーンライン川和駅付近の菜の花)

  
 



  
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2011.02.13 (Sun)

【都筑の風】 時の流れ



時の流れ@都筑の風              2011.02.13                




冬の「都筑の森」は、公園や緑道を散歩する人も少なくなるが、
一ヶ所だけはいつ行っても何人かの人が思い思いに時を過ごしている場所がある。

せせらぎ公園のベンチである。

多くは、私もしくはそれより歳を取った人達が、
暖かな日差しの中でゆったりと流れる時間に身を任せている。


時の流れ1   時の流れ2



しかし、歳を取った人達に交じって、
たまの休日を夫婦や家族で過ごす人達もいる。


時の流れ3   時の流れ4



どの人達もなぜかベンチに座っているときの顔は穏やかである。

このせせらぎ公園にはもう少し長い時間をかけ、
動かずに時の流れに身を任せているものがいる。


秋に実をつけるが直ぐには食べられることのない渋柿。


時の流れ5


それが皮をむかれて古民家の軒下に干される。

照れ臭そうに朱に染まった実を人前にさらしているが、
それこそ”皆で干されれば恥ずかしくない”とでも言っているのだろうか。


時の流れ6   時の流れ7



しかし、そんな照れくささも、時が経つにつれしだいに薄れ、
軒下の土壁に同化する頃には人の目も気にならなくなる。


時の流れ8   時の流れ9



暖かな日や寒い北風の吹く日にもじっと耐え、
時間をかけ寄った皺の数だけ実が肥えて行く。


時の流れ10   時の流れ11




ちょうどベンチに座ったお年寄りのように。


時の流れ12   時の流れ13




いま、穏やかな時が流れていく。









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2011.02.09 (Wed)

【都筑の風】 冬の緑道斜面

       
       
冬の緑道斜面@都筑の風       2011.02.09



横浜に来る前京都にいた私は、冬の京都が好きだった。

桜や紅葉の季節に比べ、格段に観光客が少なくなる冬の京都、
賀茂川に遊ぶ白鷺や薄墨色の北山の稜線を眺めながら、
何も考えずに河原を良く散歩したものだった。

いま、「都筑の森」も冬の季節を迎え、葉を落とした木々達の間を
小鳥たちが餌を求めさえずりながら飛び渡っている。


冬の緑道斜面1   冬の緑道斜面2



春夏秋冬で様々な顔を見せる「都筑の森」、
冬の顔は、何と言っても葉を落とした木々達とコラボする澄んだ青空だ。


冬の緑道斜面3



新緑の季節は、その瑞々しい若葉で空を見る余裕はないし、
夏は暑さを逃れるため木漏れ日の緑道に身を隠すのが精いっぱいであり、
錦繍の秋は、華やかな紅葉に心を奪われ空どころではない。


関東地方、一月以上も雨が降らず乾燥しきっている。
日本海側の地方で大雪を降らせ乾いた空気が関東にやってくるからだ。

高齢の方が大変な思いをして雪下ろしをしておられるというのに、
澄みきった青空の下を”時間つぶし”に歩きまわっているというのだから申し訳ない。

「都筑の森」にいくつかの緑道があるが、
そのなかでも最も”青空”を眺めて歩けるのは”くさぶえのみち”である。

そして、私の好きなもうひとつの”冬の顔”が見れる緑道でもある。


冬の緑道斜面map



都筑区の北部、徳生公園と山崎公園をつなぐ緑道”くさぶりのみち”は、
他の緑道に比べその道幅がかなり広い。
緑道の両側が斜面緑地となっているからである。

そう、この斜面緑地が、私の好きなもう一つの”冬の顔”なのである。

緑道の木々達と同様、冬枯れの状態になった芝生の斜面。
そこに差し込む冬の陽の光が斜面を別世界に変える。

手を上着のポケットに入れていないと寒さで痛くなるような冬の緑道、
それなのに冬枯れの芝生がふわふわした絨毯のように暖かく感じられる。


冬の緑道斜面a


そんな絨毯に誘われたのかそこで日向ぼっこをする人と犬。


冬の緑道斜面b


時には、凛として清潔感あふれる女性のような雰囲気を漂わせ


冬の緑道斜面c



またあるときは、子供を見守る母親のような暖かさを見せる。


冬の緑道斜面d



葉を落とした木々達が陽の光を受けて作る木陰は穏やかで
ひととき寒さを忘れさせてくれ、


冬の緑道斜面e



子供に戻ってこの斜面を小走りに駆けだしたくなる。


冬の緑道斜面f



「都筑の森」の”くさぶえのみち”が見せる私の好きな“冬の顔”である。






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