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2008.03.14 (Fri)

【私は、つくね】 第三十話 私は、おはぎが苦手なのに何でさらに!

第三十話 【私は、おはぎが苦手なのに何でさらに!】


「えっ!何それ」

玄関のドアをあけるなり、
ちーにちゃんが手を挙げて何かをかざしている。

きのう久しぶりに、ちーにいちゃんからおかんに
家に遊びにくるとの電話があった。
それも泊まりたいとのことだ。

こんなことは珍しい。
いつもは、遊びに来ても夜遅く、
おねえちゃんとおはぎをバイクに乗せ帰って行くのに。

「またちーにちゃん達が来るの?嫌だなー!」

私は、ちーにちゃん達が来るのは苦手だ。
いや正確に言うと、おはぎが来るのが嫌なのだ。

おはぎだっこ





私は時々、

「つくねは、少し太ったんじゃない」

と、おとんやおかんに言われることがある。

散歩嫌いな私にとって、太ってくると
ダイエットの手段は、食事を減らされることしかないため
この太るという言葉は、熟年の私には耳が痛い言葉なのだ。

それに比べ、まだ1歳になったばかりのおはぎは、
いまどきの若いギャルのようにほっそりしている。

おはぎ散歩




若いせいか、実によく動き回る。
身軽なためからかもしれないが、
ひと時もじっとしていない。

私は、気が向いたとき庭に出て
最近ほとんど見かけなくなった“ヤー“を探し回る以外は、
おとんかおかんの膝の上だ。

まさに、食っちゃ寝の一日を過ごす。
太るのが当たり前の生活だ。

そんな年寄りくさい私をあざ笑うかのように、
私の周りを、おはぎは走りに走る。
ただ走り回っているだけならまだ我慢もするが、
私にちょっかいをかけてくる。

おはぎにしてみれば私と遊びたいのだろうが
私はうるさくてしょうがない。
もう逃げ回るしかない。

「おはぎ!」

おねえちゃんも度が過ぎた動きをするおはぎを時々注意するが
おはぎは、まったく聞く耳を持たない。

いい遊び相手ができたとばかりに
私を追いかけまわす。

おとんが、助け船をだして二階に連れて行ってくれるか
だれかの膝の上に避難するしかない。

「これおはぎ!ここはつくねちゃんのおうちだよ」
「・・・・」
「おとなしくしなさい」


おはぎは、私と違って、お手や伏せなど色々なことが出来るけど
もっと大事なことが分かっていないのかもしれない。

とにかく、ひと時もおとなしくしていないおはぎに
我が家のゆったりした時間の流れが、
おはぎにかき回されてしまうのだ。


「どうしたの、それ!」

「ひじきだよ」

「えっ、ひじき!?」

ちーにいちゃんが答えに、素っ頓狂なおかんの声が響く。

パンダのぬいぐるみのような服を着せられた子犬が
尻尾をめい一杯振ってのお出迎えなのだ。

足元でおはぎが、キャンワン吠えまくっている。

「どうしたの」

おとんも驚きを隠せないでいる。

ちーにいちゃんとおねえちゃんが川崎のペットショップに行ったとき
この子犬と目が合ってしまったらしい。

ブラックタンの3ヶ月になるオスのチワワだ。
顔がいまひとつ可愛くなくてなかなか買い手がつかなく、
このままだと、週明けには別のペットショップに回されるらしい。

ちーにいちゃんがその子を抱き上げたとたんに
その子の運命が決まってしまった。

ひじきお披露目


今日が、初外出らしい。
どうりで、ちー兄ちゃん達が最近我が家に遊びにこないと思った。


今日、私の大好きなばっちゃんが
京都から久しぶりに我が家に戻ってきた。
私も、新横浜に出迎えて、久しぶりの再会を喜び合っていた。

家でゆっくりしようと思っていたのに、
もうリビングは運動場に早変わりだ。
ばっちゃんが落ち着く暇もあったものではない。

「また、ひじきって変わった名前を付けたのね」

“つくね”、“おはぎ”、“ひじき”

これで、ちーにいちゃんは3人(匹)目の犠牲者を作ったわけだ。

おばあちゃんが久しぶりに我が家にやってきたのに
ひじきがどうやら主役になっている。

「やめてよ!」

おはぎだけでも壁壁していたのに、
ひじきまでおはぎと一緒になって私を追いかけまわす。

「もー嫌!」

私は、くつろぐひまもないばっちゃんの膝の上に退避するしかない。

遊び相手が避難する否や、おはぎとひじきが取っ組み合いだ。

ちーにいちゃんの話によれば、
生後3ヶ月のひじきのほうが、おはぎをやつけているらしい。

いままで、私を追い回していたおはぎが、
今度はひじきに追い回されている。

おはぎとひじき



ちーにいちゃんやおねえちゃんがで二人を置いて買い物に出かけた。
とたんに、おはぎがドアの前で、クークー泣き声を出した。

これまで我が家であれだけ傍若無人に走り回っていたおはぎが、
ひじきの登場で立場が一変したのか、クークー泣いているのだ。

これからはおはぎも、少しは私の気持ちを理解できるかもしれない。


私は疲れた



私は、もう若くはない。
おとんやおかん、それにばっちゃんの膝の上で
のんびり過ごしたいのに、
この先我々はいったいどうなるのやら。






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2008.02.25 (Mon)

【私は、つくね】 第二十九話 私は、おとんの引きこもりが心配だ

第二十九話 【私は、おとんの引きこもりが心配だ】






(近くの公園で)

さぎ2





最近、おかんが私のことを指して、

「つくねは、上戸彩に似ているね」

と口にするようになった。
私は、上戸彩って誰かわからないが、

「つくねは、上戸彩に似て美人だものね」

と言っているのだから、
きっと上戸彩さんはすてきな人だと思っている。

上戸彩




おとんは、定年とやらになってもう2ヶ月ほどたった。
おとんの定年は私にもいくつかの変化をもたらしている。

背広姿を見なくなり、私の朝の見送りがなくなった。
夜、最寄り駅からの電話が無くなり、
玄関でおとんの帰りを待つこともなくなった。

そのかわり、
朝起きてから、寝るまでおとんはほとんど家にいる。
これまでは、たまにしか行かなかった散歩がほぼ毎日となった。
何よりも嬉しいことは、ずーっとおとんのそばに居れることだ。
私にとってこれほ幸せなことはない、
はずなのだが・・・・・?


おとんは、家で何をしているかって。

定年とやらになったサラリーマンの多くの人たちと同様
時間を持て余していると思うでしょう。

それが、会社に行っている時以上に忙しそうにしている。
ただ身体を動かしているなら良いのだが
食事と私の散歩のとき以外は、
ひたすら自分の部屋でパソコンを触っている。

それも度が過ぎているのだ。


「もういいかげんにしなさい!」

食事が終ったと思ったら、すぐ部屋に行こうとするおとんを
おかんが、大きな声を出して引き留めている。


「どうしてそこまでやるの」

おとんは、パソコンのやりすぎで、
目の奥が痛むらしく、氷で冷やしながらなおも操作している。
おかんがあきれ返っている。


これまでなら、朝、食事を終え、自分の部屋に上がっても
少し経つと背広姿で降りてきた。
でも、最近はいくら待てども降りてこない。

私にしてみれば、朝おとんを見送った後は、
おかんと時間を過ごすしかないが、
いまは、おとんが二階にいることが分かっている。

私は、おとんのそばに行きたい。
でも、階段下にはあの発泡スチロールのブロックが
私とおとんとの間を割いている。

階段ブロック




「これうるさい!わかったから」

と、用事をしているおかんが、ブロックめがけて繰り出す
私の猫パンチならぬつくねパンチに耐えかねて飛んでくる。

おかんも冷たい。
私を二階まで連れて行ってくれるのに、
おとんの部屋のドアを開けてくれることはない。

しかたなく私はおとんにお伺いをたてなければならない。


「部屋に入ってもいいですか」

おかんを呼ぶときは、あれだけ強烈なつくねパンチを繰り出す私だが
おとんの部屋に入れてもらうときは、そうはいかない。

おとんの“仕事”の邪魔をしないよう、
ノックの代わりに軽くドアを二三回こすって合図をする。

リビングでは、膝の上に抱いてくれるおとんだが、
“仕事”をしているおとんは、
私を膝の上に抱いてくれることはめったにない。

「おとなしくしているから」

と、ドアを開けてくれたおとんと一瞬視線を合わすだけで
すごすごとおとんの部屋にも用意された私のハウスに行く。

それでも、おとんが二階にいるのが分かっていて
下でおかんといつ降りてくるかわからないおとんを待つよりはいい。

ハウスに入って、おとんがパソコンを触っている背中を見つめる。
大好きなおとんが“仕事”をしている時の背中は大きい。

おとんの背中


「その顔、何とかならないの」
「あるかないか分からないような眉毛、剃ってあげようか」

冗談とも本気ともとれるおかんの言葉。

おかんも、一度私と一緒にハウスに入って
おとんの背中を見ていたらいいのにな。

二階のハウスで


定年とやらになる前は、いくらパソコンを触っていたからと言って
こんなに根をつめていたことはなかった。

朝の8時半ころから、夜寝る11時半くらいまで、
この2ヶ月パソコンの前を離れない。


おかんも少し変だ。
おとんがずーっと家にいるのとは対照的にほとんど毎日外出している。

「どこの家でもそう見たいよ。
定年後は旦那は家で、奥さんは出歩いているみたい」

おとんの様子をおかんが友達に話した時の答えだそうだ。
でも、おかんはそう簡単に割り切っていない。


おとんのこの2ヶ月間は、
世間でいう定年後の旦那の過ごし方とは少し違うのだ。

おかんも、好きで毎日で歩いているわけでもないし、
おとんも、ここまで“仕事”にのめり込むとは思っていなかったらしい。

人並みに、二人であるいは私と三人で、
余りある時間を使って旅行でもしようと計画していた。


おとんは、定年前の休みのときは、
家にいるときは、ジャージやジーパンで過ごすことが多く、
外出するときは、服を着替えていた。

「おとん私は?」

これまでは、おとんの服装を見れば外出の判断ができたので
私も、「も」を期待して、直ぐにおとんにまとわりついていた。

しかし、最近は、服を着かえてもおとんはずーっと家にいる。


おかんが、定年前に言っていた、

「昼食は、自分で勝手に食べてね」

ということも、おとんは実に優等生のようにこなしている。

おかんが、意図的なのかどうかわからないけど
よくお昼前直前に出て行っても、

「おい、昼飯は?」

なんていう、おかんの期待する言葉を
おとんは定年後は一度も言っていない。

おかんは、外出していて分からないだろうが、
おとんが家にあるもので
昼食を作って食べているのを私はちゃんと知っている。

世にいう、旦那は家でごろ寝で、粗大ごみ扱いのため
定年後も働きに出てほしいと思っている奥さん連中だが、
おとんはどうもそれには当てはまらないようだ。

手がかからないという意味では、
本来なら文句のつけようのない定年スタートのはずではないかと
私は思っている。

それなのに、おかんは文句があるようだ。

「お茶にしませんか?」
「美術館に行かない」
「どこか外にご飯を食べにいかない」
「えっ、もう部屋に行くの」




これが、おかんまでも家にずーっといる状態の時の会話なら
おかんの言っていることは、おかんの愚痴に聞こえるのだが、
おかんは、ちゃんと自律的、人間的な毎日を過ごしている。

「はーい、お茶します」
「いいよ、美術館に行くよ」
「何かおいしいところ見つけた」



おとんも、おかんの誘いに応えようとはしている。
でも、気はパソコンに向いていて
おかんの誘いがすぐに実現することはない。


おとんがこの2ヶ月パソコンの前に座ってやっているのは、
どうもおかんの友達がやっている仕事の事務を簡単にするための
プログラムとやらをパソコンで作っているらしい。

おかんの連日の外出もそのおかんの友達の仕事に関係しているが、
おとんのやっている“仕事”もおかんが持ち込んだ話のため、
おとんに強くやめろとは言えないようなのだ。


もともと、おとんはサラリーマン時代はずーっと
コンピュータに関する仕事をしてきていたらしい。

しかし、年を取るにつれ、管理的な仕事になり
自らプログラムを作るのは、何十年ぶりのことらしい。

おとんも最初は、軽い気持ちでおかんからの“仕事”を引き受けた。
それが、思った以上に大変だったのだ。

負けず嫌いなおとんの性格が出て、
結局は、この2ヶ月は朝から晩まで
プログラム開発とやらと格闘している。
いや、格闘といった感じではなく、
はまってしまったといったところだ。

おかんから頼まれたということも忘れ
いまや自己満足のためにやっているようなおとん。

でも、私が見ても異常と思えるほどの集中力と根気。
定年という年のおとんが、いまも若く見えるのは、
こんなおとんの性格の現れなのかもしれない。

それにしてもおかんではないが異常なくらいの執着心だ。

どうしてこうなの




目が痛いからと言って、
氷をタオルに包んで、痛い目に眼帯のように巻いて
片目でパソコンを触っているのはやはりやりすぎだ。

「もうあなたは、引きこもり人間だね」

ついにおかんは、おとんに引導を渡した。

いつになったら、“定年後”らしい生活が訪れるのやら。

夕食後もすぐに部屋に引き込むおとん。

私はおかんの膝の上でおとんが声をかけてくれるのを待つ。

「つくね、寝よっか」

おとんが、私に声をかけるときがおとんの今日の“仕事”が終る時だ。




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2008.01.30 (Wed)

【私は、つくね】 第二十八話  私は、“運”が付くことが良いことかどうか分からない

第二十七話 【私は、“運”が付くことが良いことかどうか分からない】




 (先日、横浜に初雪が・・・)

茅ケ崎公園に雪が








ワーッ!

おとんが大きな声を上げた。
私は、知っている。
おとんが大声をあげた理由を。


「つくね!ここに来なさい!」

ほら、やはりおかんが怒ると思っていた。

「これは、誰れ!つくねでしょう!」

私は、おかんのこの声を聞くともう駄目だ。
全面白旗なのである。

「ここにおいで!」

私が悪いことは重々承知である。
尻尾を下げて、おかんの所にトボトボと近づく。

このあと、どうされるかも分かっている。
行かなければよいのだが、おかんが許してくれない。

「つくねは、今年はもう八歳でしょう!」

一段と、尻尾を落とし、低姿勢でおかんの所ににじり寄る。

おかんは、私の頭を押さえ私の落したものを確認させる。

「これは、つくねがしたのでしょう!」

もう、分かっていると言うのに。
ちゃんとごめんなさいをしているでしょう。

それでもおかんは許してくれない。

私が、これだけおかんに叱られているのに、
それなのに、おとんは、知らん顔だ。

アッ、ついにきた。

痛テーッ!

おかんのするどい指ビンタだ。

お利口な私にとって、年に何回かしかないおかんの体罰だ。
可愛がるだけのおとんと違って、
おかんは叱るときにはちゃんと叱る。

私も、自分のやったことが分かっているだけに
逃げ隠れせず、甘んじてこの体罰を受けざるを得ない。

私が悪いの?



私が、おかんから痛い指ビンタを食らっている間も
おとんは、私を助けてくれもしない。
私の対応は全ておかんに任せっぱなしだ。

原因は確かに私にあるが、結果を招いたのはおとんの不注意だ。
おとんは、一人いい子になって、悪役はおかんに押し付けている。

“おとんは、つくねが悪いことをしても、怒らないからな”

とでも思っているのだろう。
おとんは、それが優しさと思っている。

分かっていない、おとんは。
叱るときちゃんと叱るのが、本当の愛情であるし、
それを乗り越えて築く親子関係が真の関係だというのに。

二人のお兄ちゃん達が、
おとんよりおかんに信頼を置いているのもうなずける。

私は、こ確かに、これまでおとんから体罰なんか受けたことはない。
たぶん二人のお兄ちゃんも同じだろう。

でも、ただ優しいだけでは、駄目なのだ。
おかんのように、悪さをしたときは、既然と叱らねば。

自分で言うのもおかしいが、私を見ればそのことは歴然だ!

おかんに育てられた二人のお兄ちゃん達は、
それぞれ、自立してしっかり頑張っている。

それに引き替え、おとんにべったりの私は、
朝から晩までおとんやおかんにだっこをねだる甘ちゃんだ。

それでも、しようがない。
そんなおとんを好きになったのは私自身なのだから。

せめて、私くらいは、おとんを頼ってあげないと
おとんもこの家で「父親」として居場所がないだろう。

私も、おとんを甘やかしているのかもしれない。


そんなおとんとおかんだが、私の落とし物に関し
いつも理不尽と思っていることがある。

というのも、私が同じことをしでかしても、
指ビンタを食らう時と喰らわない時があるのである。

今日だってそうだ。
原因を作ったのは、確かに私だが、
繰り返すが、被害を大きくしたのはおとんの不注意だ。

私が、部屋に同じ落とし物をしても、
おかんから指ビンタをくらう時は、
私の落したものを誰かがスリッパで踏んでしまう時だ。

落とし物をすぐに見つけた場合は、
私は、指ビンタを食らうことなく、
少しの叱責をもらうだけで無罪放免となる。

責任転嫁はしたくはないが、
自分たちの不注意を棚に上げ、
私だけに体罰を与えるのは不公平ではないか。


私にしえてみれば、同じことをしたと思っているのに、
有るときは、指ビンタが、有るときには、注意だけですむ。

おかんが指ビンタをする相手は、どう考えてもおとんと思うけど。

でも、そんなことをおかんに言おうものなら大変なことになる。
おかんを切れさせてはいけない。
これ以上ビンタを食らうだけ損だ。


おかんも、私が指ビンタが嫌なのはよく知っている。
分かっていてそれでもやるのが愛の鞭と思っている。

まず、おかんは、私の態度を確認する。

私は、罪の意識を表すために
尻尾を下げるだけではなく、お腹の下に入れて
ただただひたすら恭順の意を示す。

しかし、そんなことでは、
あの指ビンタが取りやめになることはない。

おかんもおかんだ。
私が指ビンタを厭がっているのだから、
スパーッとやればいいのにもったいぶる。

指ビンタをこれからやるぞと言わんばかりに、
顔の前に指を持ってきて、
私に自分のやった不始末を認識させようとする。

私は、おかんの指を見ないよう視線を床に落とす。
なのに、なかなか指ビンタがこない。

もう自分でも顔が引きつっているのが分かる。

やるなら早くしてよ、おかん!
と気を抜いた瞬間、

“ピン!”
まず、一発目だ。

イテーッ!

「つくね、駄目じゃないの!」

分かっていると言っているのに、もう早く済ませてよ!
私も、こうなると腹をくくるしかない。
おかんの指ビンタは、たいていは二発くる。

更に頭を下げて、おかんの叱責の後のビンタに備える。
この間、実際の時間は短いのだろうが、
私には、とてつもなく長く感じる。

“ビシッ!”

痛い!

何で、おとんの不注意は責められないのか!
私は、脳天に響く、指ビンタの痛さに耐えながら
お腹の中で文句を言う

何で私だけが、ビンタなのよ。
おとんも同罪じゃない。

いや、被害を拡大させたという意味では、
絶対おとんには四発くらい必要だ。

脳天に響いたおかんの指ビンタの痛さは、
この場合、おとんへの不信感となる。

私は、おかんの体罰に耐えたあと、、
ショボショボとおかんの元を離れる。

普通なら、一目散におとんに駆け寄るところだが、
我関せずの態度に徹している、
おとんなんかに慰めてもらう気はない。

おかんが、私の落とし物の始末をすませるまで一人ハウスで待つ。

ハウスに



ハウスの中に入っても、私はおとんへの怒りが収まらない。

原因を作ったのは確かに私だ。
それは認めましょう。

でも、おかんがいま格闘をしているのは、
部屋のあちこちに拡散し変形した私の落とし物の後始末なんだ。

拡散させたのは、私じゃない、おとんがやったことだ。

おとん、おとんも一言ぐらい謝るべきだよ。

おとんの不注意さえなければ、
私もおかんの指ビンタを食らわなかったのに。

私は、黙って見ているだけのおとんを無視して、
後始末の終わったおかんのところに行く。

おかん、ごめんね。

おかんは、実にあっさりしている。
すり寄ってきた私を抱きかけて
先ほどビンタを食らった頭をなぜてくれる。

おかんがいい



おかんはおとんに言っている。

「今日は、“運”が付いたから何かいいことがあるかも」


私には、よく分からない。
先ほどまで、私に指ビンタをくれていたおかんが、、
“運”が付いたと喜んでいる。




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2008.01.18 (Fri)

【私は、つくね】 第二十七話 私は、おにいちゃんの負担に・・・

第二十七話 【私は、おにいちゃんの負担に・・・】




私には、お兄ちゃんが二人いる。

一人は、私に“つくね”と名前をつけ
いまは、“おはぎ”のお父さんになっている二男のちーにいちゃん。

もう一人は、私を家族の一員にしてくれた、長男のおにいちゃんである。

?!

そうなのです。

私を、ブリーダーから貰い受けてきたのが、実はおにいちゃんなのです。
おにいちゃんがいなければ、いまの私はないのです。


「家の中で犬を飼うのは絶対反対だからな!」


二人のお兄ちゃん達が犬を飼いたいと言い出した時の
おとんの返事だったらしい。

ただですら細い目をさらに細め、毎日飽きもせず、
私の頭や顔を撫でくり回しているいまのおとんからは想像もつかない話だ。


「お前ら、本当に犬の世話を出来るのか。
 毎日、散歩させられるわけがないだろう」

おとんは、頑として、犬を飼うことを拒否し続けていたらしい。


おかんと二人のお兄ちゃん達は、
そんな、おとんを無視して、粛々と犬を飼う計画を練っていた。

そして、なんの前触れもなく、おにいちゃんがおとんに通告した。

「おとうさん、いまから犬をもらいに行くから」

おにいちゃんが当時家庭教師をしていた子供の親戚がブリーダーで
そこに、ミニチュアダックスを頼んでいたらしいのだ。

あれほど、かたくなに犬を飼うことを嫌っていたおとんが、
手のひらに乗るほどの小さな私を見たとたん、
運命的な出会いになってしまったらしい。

あとは、もう駄目ですね。


生後2ヶ月の子犬であった私を昼夜を問わず
一生懸命世話をして育ててくれたおかん。
名付け親のちーにいちゃん。
ブリーダーから私を貰い受けたおにいちゃん。
そんな彼らを差し置いておとんが、一番私を可愛がった。

おかんに言わせれば、一番子供を育てられないおとんに
私がなついてしまったのだ。

結果、おかんの心配していた通り、
しつけもされず、甘えん坊のいまの私があるわけだ。

「こんなに子供の情操教育に良いと分かっていたなら、
 もっと、早くからこいつを飼っておくべきだったな」


分かったような顔をしておとんが言う。
主義主張もなにもあったものではない。

「何を言っているの、情操教育になったのはあなたじゃないの」

それまでは、いつもツンツンしていたおとんが
家族にも分かるくらい丸くなったらしい。

確かに、ペットの効用は色々な所で語りつくされているが
身近な家族、特に、おとんにその効用絶大であったのが
おとん以外の家族には有難かったらしい。


しかし、生き物を飼うということは、飼い主にも色々制約が生まれる。

例えば、以前話した、“枕の奪い合い”もそうだが、
おとんやおかんが、私を置いて外出する時に
毎回のことながら私に気を使わねばならないこともそのひとつだ。

「つくねは?」
「また洗面所に行っているのよ。もう完全に拗ねモードね」

私を置いておとんとおかんが一緒に出かけるときの
私の行動パターンになってしまった。

洗面所で抗議



「こんなに感情をはっきり出す犬って他にいるのかな」

尻尾を振ったり、飛びついたりして喜びの感情表現は
どの犬だってできるが、私はこの拗ねモードが実に得意だ。

おとんとおかんが外出する際、私にとって最大の関心事は、
“は”なのか“も”なのかを確かめることだ。

「つくね“も”一緒に行こう!」

と、“も”が出れば狂喜乱舞コース。

「つくね“は”お留守番」

と、“は”が出れば、拗ねモードコースとなる。

“も”を期待しておとんにまとわりついていた私は、
めい一杯振っていた尻尾をピタリと止め、
おとんやおかんの顔も見ずにとぼとぼと洗面所に行く。
おとんやおかんへの私が出来る精一杯の抗議行動だ。

「つくね、寒いからこっちにおいで。風邪を引くよ」

知るかよ、そんなこと!
勝手に出かければいいじゃないの。
私が、寒かろうが、風邪を引こうがどうでもいいでしょう。

私は、頑として洗面所から離れない。

最後は、おかんが、私をリビングに連れ戻しにくることになる。

でも、一旦出された“は”は“も”に変更されることは、
まずないことはこれまでの経験で明らかだ。

リビングに連れ戻された私は、
尻尾をだらりと下げ、おかんと目を合わすことなく、
トボトボとハウスに向かう。

私は、一人で置いて行かれるのが嫌なのだ。
誰もいない所で一人でいるのは寂しいし、
おとんやおかんがもし帰ってこなかったらと思うと
どうしようもなく不安になる。

こうして、私は、お利口な娘から
おとんとおかんに気を遣わせる娘に変身する。

おとんやおかんは、
雷が鳴りそうな時は、空模様を見て早めに帰宅しなければならず、
暑い時は、部屋の換気に注意をし、
寒い時には、ホットカーペットを付けて出かけることになる。

室内犬を飼っている家庭なら多かれ少なかれ
同様な気を使っているとは思うが、
他はどうあれ、私はとにかく一人で家にいるのが駄目なのだ。

一日中365日、朝起きてから寝るまで、
いや寝ている時だって
おとんかおかんか誰かの肌のぬくもりが欲しい。


膝の上1



ちーにいちゃんが、
おとんやおかんが私を甘やかしすぎた、
と言っていたが、もう遅い。


おかんの膝の上




「夫婦が揃って健康なのは60歳代までだ。
 なんでそんな貴重な時を、働かなければならないんだ」

おとんが、定年後に考えていたライフプランの一つに
定番の夫婦での海外旅行がある。

いま、私の甘えん坊の性格が、
このおとんのプランに影響を与えている。

おかんは、わりと海外旅行に関心があり、
これまでもおとん以上に海外に出かけている。

というか、おとんの場合は、仕事で出かけたにすぎないが
おかんの場合は、所謂観光旅行だ。
私が家族の一員になってからも何度か行っている。

その間は、おとんがもっぱら私の世話をしている。

と言うことは、おかんの海外旅行は
一度もおとんと一緒に行っていないということだ。

おかんが海外旅行に行く時は、いつも友達とだ。

「こんど、ハワイに行ってきていい」
「いいよ、お好きなように」

用意周到に準備をしておいてから、
おかんは、おもむろにおとんに話を切り出す。
おとんが、ノーと言わないのを知りつくしての行動だ。


おかんが旅行中は、おとんは仕事も早々と切り上げ、
私の待っている家にまっしぐらに帰ってくる。

「つくね、ただいま!すぐご飯をあげるからね」

仕掛の仕事があっても明日に回し、飲みに誘われても断り、
早々と家に帰ってきてくれる。

こんなところにも、おとんとおかんの性格の違いが出ている。


おかんは一度おにいちゃんと一緒にイタリアに一緒に行っている。
おとんんも一緒に行こうとおにいちゃんは誘ったのだが
いろいろ理由をつけて断った。

当然私のことも理由の一つに挙げているが、
要するにおとんは余り海外旅行に興味がないだけだ。


そんなおとんが、定年後のライフプランの中に、、
定番の夫婦での海外旅行を考えているとは予想外のことだ。

おかんは寒がりで、以前からおとんの定年後は
海外の暖かな所で過ごすのを夢見ていたし、
おにいちゃんとイタリアに行ってからは、
自分の趣味の関係で芸術の都が多い
ヨーロッパに行きたいと願っている。

そんなおとんが、おかんと一緒の海外旅行を考えたのは、
“夫婦ともに健康な間に・・・”の気持ちの現れだ。


おとんが話していた、面白い話をひとつ。

おとんの務めていた会社にリフレッシュ休暇制度と言うものがある。
一定の条件を満たした社員に、3か月の有給休暇を与える制度だ。
制度の詳細は省くが、制度を利用した社員の何割かは、
夫婦で長期間、海外旅行に出かけたものがいる。

仕事一辺倒の夫をもつ熟年夫婦が
長期間一緒に海外旅行というのは余り聞かない話らしい。

と言うか、夫婦の間で、“飯・お茶・風呂”と言ったこと以外
まともな会話を交わしたことのない年代である。
そんな夫婦が長期間海外旅行なのである。
成田離婚とまでは行かないが、
気まずい旅行になった夫婦連れが多かったらしい。

そんな、先輩たちのリフレッシュ休暇取得談を聞いてから
後輩たちは、まずは海外旅行の前に国内旅行などで
夫婦二人の時間が過ごせるか試してから出かけるようになったとか。



他人事のように、語っていたおとんだが、
今度は我が身のことにならないようにしてもらいたいものだ。

でも、おとんにとっておかんとの海外旅行は、
当分の間執行猶予がありそうだ。

「おい、留守番はどうする」

そう、これまでおかんの海外旅行は、おとんが私の面倒を見ていたが、
今度は、二人揃ってのお出かけだ。

ちょっと近くのショッピングセンターに買物に行くのではない。
1~2週間は家を空けることになる。
そのうえ、おかんが友達と出かけていた頃より
今の私は、はるかに甘えん坊になっている。


おかんの膝の上2




そんな私を置いて、二人で海外旅行に出かけようというのは
無謀というものではないか。

私が散歩嫌いになったのも、
若い時、おかんが友達の家に私を預けて行ったためだ

そのため、どうしても二人一緒に泊まりがけで出かける場合は、
スケジュールをばっちゃんが家にいるときに合わせていた。

おにいちゃんは仕事の都合上、
おとんやおかんの都合に合わせることは難しいし、
ちーにいちゃんとおねえちゃんのところにはおはぎがいる。

我が家におはぎが来ると、おとんやおかんが家にいても
私は2階のおとんの部屋に早々避難する始末だ。
そんな私が、おとんもおかんもいないおはぎの家に
一人で泊まれるわけがない。
まして1~2週間もの間だ。
不安とストレスで、間違いなく円形脱毛症だ。

想像してみてよ。
鼻たれの上に、この小さい頭に大きな円形脱毛があっては、
とてもじゃないが、私の美人の看板は返上間違いなしだ。


おとんは、定年になったら家族で好きな温泉に泊まり
のんびり正月を迎えようかと考えていた。

多彩な趣味をもっているおかんと違い、
おとんの趣味は温泉巡りくらいなものだ。
何ともおじん臭いものだが、
1300箇所強の温泉に入っているとなるとたいしたものだが。

おとんは、定年になった昨年の暮は、
これまでに入った温泉の中気にいったある温泉で、
38年間のサラリーマン生活の疲れを落とす予定だった。

それが、結果的には、家から歩いて行ける近くの温泉施設
お茶を濁すことになったのも、結局は私がいるためだ。

こうして、一晩や二晩の旅行すらままならぬおとんやおかんが、
長期にわたる海外旅行に出かけらるわけがない。

“夫婦ともに健康な間に・・・”と言って
おとんが、おかんに海外旅行をOKしているのは、
それが空手形であることになるのを分かっているに違いない。

その証拠に、我が家には、未だかって
海外旅行のパンフレットなど置いてあるのを見たことがない。

そんなおとんが、最近変な話をおにいちゃんにするようになった。

「おい、お母さんと海外に行くには、留守番がいるんだけど」

最初は、何のことかわからずにいたおかんとおにいちゃん。

ちーにいちゃんには、おねえちゃんというお嫁さんがいるが
おにいちゃんはまだ独り者だ。

ばっちゃんやおかんは、おにいちゃんのお嫁さん探しには全く関心がない。
なるようにしかならないという考えなのに対し、
おとんは、この1年ほど前から、
おにいちゃんの結婚のことをしばしば話題に出すようになった。

「そんなに心配なら、自分の口から言ったら」

と、おかんは取りつく島もない。
おにいちゃんの性格をよく知っているからだ。

おとんも、これまでにも何度かおにいちゃんに
遠まわしに、付き合っている彼女がいないのか聞いては見るが、
当のおにいちゃんは馬耳東風だ。

親子、特に父親と息子と言う関係で、
結婚とか彼女という言葉は、そう頻繁に話題に出来るものではない。

そこで、照れくさくなく、おにいちゃんに話しかける言葉として
“留守番”を使うようになったのだ。

最初は、何のことか分からなかったおにいちゃんとおかんも
おとんの意味することが分かりだしたが、
それでも一向に“留守番”を見つけ出す気がないようだ。


おとんの振り出した、
“夫婦ともに健康な間に・・・”の手形が、
空手形になるのかどうかは、
こうして、おにいちゃんも巻き込むことになった。


いつも、夜遅く仕事で疲れて帰ってきても、
私を見ると、優しい目で語りかけてくれるおにいちゃん。

そんな私は、おとんやおかんやばっちゃんだけでは足りずに
おにいちゃんにまで負担をかけるようになったかもしれない。


ごめんなさい、おにいちゃん。
それに今どこにいるか分からないけど、
留守番といわれている未来のおにいちゃんのお嫁さんへ。




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テーマ : わんことの生活 ジャンル : ペット

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2008.01.08 (Tue)

【私は、つくね】 私は、また自分の意思を通す手段を勝ち取った

第二十六話 【私は、また自分の意思を通す手段を勝ち取った】



「つくね、お前、いままで一緒に寝ていたのに、
 起きて早々、もうお父さんの膝の上かよ」

私は、おとんの定年の意味がまだ分からないが、
家にいる時間が長くなったのは実感する。

おかんは、おとんに、何年も前から、
定年後も働いたらどうかと、事あるごとに諭していた。

熟年のサラリーマンの主婦にとって、
旦那が会社に行っている間の“膨大な”時間は、
かなりの部分は“自由に”使える時間である。

それが、定年で、旦那が一日中家にいられると
その“膨大な自由時間”が失われるのが辛いのだろう。

おかんも例外ではない。

「お父さん、定年後は、昼は勝手に食べてね」

おとんは、サラリーマン時代、何十年も昼飯は
自分で勝手に取っていたのだから、
おかんの言っていることは、
一見、何でもないように思える。

しかし、このおかんの言っていることの意味することは大きい。

おとんのために、昼食を作らねばならないということは、
他の主婦と同じように、おかんにとっても、
“膨大な自由時間”が一挙に制限を受けることになるのだ。


私が知らないだけで、
一般にサラリーマンの定年後のライフスタイルについては、
もう嫌というほど語りつくされている。


「つくねは一日中、膝の上にいるのか、お前は猫か」

おとんの声が高くなる。

そう、私は、おとんが定年になってからは、
大好きなおとんにこれまで以上に付いて回っている。

私にとっては、おとんの定年とは、
おとんと一緒に過ごせる時間が、
“膨大”になったと言うことだ。

おかんとは違って、嬉しくてしようがない!


おとんは、おとん流の持論で、

「夫婦が揃って健康なのは60歳代までだ。
 なんでそんな貴重な時を、働かなければならないんだ」

と、おかんの定年後も働けと言うことに異を唱えている。

ようするに、おとんが言いたいのは、
定年後の10年間、健康な間に、苦労をかけたおかんと
時間を共有し色々報いたいと考えているのだ。

世の中、そうおとんの思い通りにいくわけがないのに
本当におとんは考えることが幼稚だ。


これまで、好き勝手にやってきて
急に、おかんと時間を共有したいと言ったって、
おかんにかぎらず、私だって信じることができない。


多趣味で、大勢の友達がいて、
“膨大な自由時間”を、地に足をつけてしっかり謳歌しているおかん。

それに比べ、仕事以外には無趣味なおとんが、
いくらおとん流の熱弁をふるっても
おかんにとっては空手形にしかならない。

「昼は勝手に食べてね」

という、おかんの言葉の持つ意味を
おとんはもっと直視すべきと思うのだけど。


かわいそうなおとん。
おかんの代わりに、私が時間を共有してあげるからね。

「つくね、何で朝起きてすぐに抱っこなのだ」

ほんの10分前までおとんと一緒に布団の中で寝ていた私。
朝起きて、おとんがリビングの椅子に腰かけたと思うと、
おとんの膝を目指してジャンプだ。

「つくね、ハウス!」

おとんは、私のジャンプ攻撃をかわそうとするが、
結果はいつも私の勝ちとなる。

「つくねは、どうしてこんな狭い膝の上がいいの」

おとんは、椅子に座るとどうしても足を組む癖がある。
おかんやばっちゃんの場合、2本の膝の上で抱かれるため
居心地はいいのだが、おとんの場合は、1本の膝の上だ。

おとんの言うとおり、狭くて安定感が悪いことこの上もない。
それでも、私は膝の上が好きなのだ。
いや好きと言うのは少し違うかもしれない。


私は、一人にさせられるのが嫌でたまらない。

「つくね、行ってきます」
「つくねは、お留守番」

と、おとんやおかんが声をかけて出て行った家で
一人寂しく帰りを待っているのが耐えられないのだ。

膝の上は、いくら狭くても、
私が一人ではないと確信できる最も心休まる場所なのだ。


しかし私が、いくら心休まる場所だからと言っても、
そう長い間、おとんは私を膝の上には抱いていてはくれない。
そのうちおとんは、私をおいてリビングから出て行ってしまう。

定年になる前までは、しばらくすると、
おとんは、背広姿で再びリビングに現れ

「つくね、行ってきます」

と、私に声をかけて会社に出かけていく。

私もおとんが家を出ていくのをこの目で確かめ、
あとは、おかんと帰宅の電話を待つことになる。

「つくねに貴方が出ていくのを見せておかないと駄目なの。
 でないと、家にいると思ってずーっと貴方を探すから」

と、おかんがおとんに言ったことがある。

おとんが、会社に出かけた後ならば、
おかんは、私に構っておられず、家の用事にとりかかる。
私もしようがなく、
庭に出たりハウスに入ったりして時間を過ごす。


ところが、定年とやらになってからは、
おとんの“行ってきます”がない。
ということは、おとんは、家にいるはずだ。

おかんの言ったように、私はおとんを探しにかかる。
探すと言っても、居場所は分かっている。
2階の自分の部屋にいるはずだ。
おとんの所に行きたい。


ここで、私の行く手を阻むものが二つある。
ひとつは、リビングのドア。
もうひとつは、以前話した階段下の遮蔽ブロックだ

遮蔽ブロック




まずは、リビングのドア。

前の家でも同じようにリビングにドアがあったが、
おとんが古くなったドアの隅を切ってくれたおかげで、
私は自由に出入りができていた。

今度の新しい家で、真新しいドアの隅を切ってくれとは
さすがに、私もおとんには頼めない。

私が出入る出来るよう加工したドアもあっておとんも検討したが
何箇所も取り付けねばならず、結果的には普通のドアになった。

そのため、おとんがいる2階を目指すには、
このリビングのドアを開けてもらわねばならない。

でも、この最初の課題解決は割と簡単にかたがつく。
おかんがいるときに、このドアを前足で何回かこすればいいのだ。

新しい家のドアが、私の爪で傷がつくのを恐れるおかんは
直ぐに飛んできて、ドアを開けてくれるのだ。

「おとうさん、つくねはやはり賢いよ。
ドアを傷つけないのだもの」

前の家では私も若かった。
テーブルや椅子、色んな物をかじったり爪で傷をつけたりしたっけ。

でも私だって、家族の一員。
皆で大事にしている新しい家を傷つけてはダメなことくらいは知っている。
足の爪なんか立てるわけない。


問題は、2番目の課題である、階段下の遮蔽ブロックだ。

この遮蔽ブロックは、私がヘルニアを患ってから
私が階段を上がれないようにおとんが発泡スチロールで作ったものだ。


おかんも意地悪だ。
私がおとんの所に行きたいのが分かっているのに
リビングのドアを開けてくれるだけで、
私を2階に連れて行ってくれない。

「つくね、お父さんは、つくねと一緒にいる嫌みたいよ」

おかんが、言うけど、そんなの嘘に決まっている。

私は、ブロックの前で、階段を見上げておとんの様子を窺う。
しかし、どれだけ待っても、おとんが階段を下りてくる気配がない。


私が、2階にいて下に降りたいときは、
私も例の鐘を鳴らせばよいことが分かっている。

鐘2



鐘を鳴らしたあと






「おとうさん、階段下にも鐘をつけたらどうだろう」

おかんの提案で、おとんもあの鐘がないか
いくつかの店に探しに行ったが、見つからなかった。

その結果、私はこうして階段を見上げているしかないのだ。


遮蔽ブロックから見上げ





おとんは、なかなか下りてこない。
おかんも、私が2階に上がりたいのを知っていて無視している。

もうあとは実力行使しかない。
私は、鐘を鳴らす代わりに
遮蔽ブロックを思いっきり足で蹴飛ばしだした。


遮蔽ブロックもう待てない




鐘は、澄んだ金属音で階下にいるおとんやおかんの耳に聞こえるが
この遮蔽ブロックは、なにせ発泡スチロールだ。
どんな音がするか、皆さんおわかりのことと思う。

特に、おかんがこの音が大嫌いなのだ。

2階の鐘を鳴らした時は、

「はーい、今行くから」

と、優しい声が帰ってくるのに、
遮蔽ブロックを蹴飛ばすと、

「つくね、分かったから止めなさい!」

おかんが、大きな声を出し手飛んでくる。

2階に上がった私は、おとんの部屋に入り、
パソコンを叩いているおとんの邪魔をする。
おとんに早く膝に乗せろとジャンプする。

私は、おとんと“膨大な時間”を共有したいのだ。



私は、こうしてまた自分の意思を通す手段を勝ち取った。





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