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2007.11.20 (Tue)

【一人旅】 五の五 奥摩周温泉・屈斜路湖池の湯

 五の五 摩周温泉・屈斜路湖池の湯    八月十九日




 『大自然 牛と思えば 恥もなし
             牧場の中の 露天に浸かる』

 『池の湯で 藻をかきわけて 湯に浸かる
             ここまでくれば 醜いアヒル』
 


お父さん達とは、もう一ヶ月近く付き合っていますので、
私の学者としての素質と、その驚くべき学術的探究心の深さを
充分認めていただいていることと思います。

そのため、私のことを知らない一般の人達が見ると、
少しおかしいと思える行動も、お父さん達なら、
それも学問のためと理解してくれるに違いないと思っています。

今日の話は、一般の人から見れば
変人による奇行としか思えないような話をしますので。

 「また始まったな。
  一ヶ月近くお前の話を聞いていても、
  お前の行動は良く分からない。
  今回は何をやらかしたのだ」


いつか、お父さん達に話したことが有りましたよね。
相手の立場にたって物事を考えると、
そのその人の行動がわかるものだと。

お父さん達とこれだけ長い間付き合っているにもかかわらず、
今日の出だしの詩で話の内容が分かってもらえないのは、
心の片隅で、私のことを馬鹿にしているからでしょう。

 「いや片隅どころか、心底そう思っているさ」

それはいくらなんでも言い過ぎでは。

お父さん達だって、時には私と一緒に笑い転ろげたり、
楽しい思いをしているでは有りませんか。

お父さん達は、混浴露天風呂でのギャルの行動といったような時だけは、
必死に私の置かれた立場にたって、想像をたくましくするくせに。


それではだめなのです。
お父さん達も、仮面ライダー一人旅をしていれば分かりますが、
日頃の努力無しには、ギャルとの混浴のような
学術的にも皆から評讃されるような場面には出くわさないのです。
その裏に費やされた膨大な努力と時間が必要なのです。

しかし、今回の話は、お父さん達にも
私の行動が奇人変人に写るような内容ですので、
さすがの私も自分が取る行動には少し勇気が要りました。


前置きが長くなりましたので、本題に入ります。

本日の概略スケジュールは、屈斜路湖周辺の温泉巡りです。

この辺りは多くの温泉が沸いており、
私のような温泉の入浴数を増やすことを目的にしている者にとっては
実にありがたい所なのです。

広い北海道、丸一日300キロ近く走って
平均5箇所の温泉を周るのが精一杯なのに比べ、
ここでは午前中だけで6箇所もの温泉に入れたのです。

温泉の入浴数に関心の無い人から見れば、実に馬鹿げた行動ですが、
私にとっては嬉しくてしょうがない、正に温泉天国の地なのです。

ハンドルさばきも軽やかに、屈斜路湖に向かう途中に立ち寄った
奥摩周湖温泉での話が、本日の最初のテーマなのです。


この温泉のことは、事前にガイドブックで調べてきており、
写真入でひょうたん型をした奇麗な露天風呂が紹介されていました。

私としては、当然、探して入浴していくつもりです。

ところが、近くに来ているはずなのにいくら探しても
肝心の温泉が見当たらないのです。

ガイドブックに載っている写真の脱衣所らしい建物は
見つかったのですが、肝心の露天風呂が見つからないのです。

脱衣所らしい建物が見つかって露天風呂がないのは不思議です。
廃業したのかもしれないとあきらめかけました。


ガイドブックを頼りにして温泉を探す場合、
ときたまこういうことに出くわします。
ガイドブックの内容が更新されていないためです。

がっくりして屈斜路湖に向かおうとしたとき、
道路脇に注意してみていないと見逃しそうな小さな看板に、

 “無料露天風呂あり。ご自由にお入りください”

と書いてあります。

あれだけ捜しても分からなかったのに、
と思いながら看板の矢印の指し示す方に車を走らせました。

ガイドブックに載っていたサイロ風の建物からは当然離れていきます。

そのうえ矢印の方向には広々とした牧場が広がっているだけで、
露天風呂が有りそうな建物らしきものはまるで有りません。

また車を走らせるといっても、徐行がやっとのあぜ道です。
こんなところに露天風呂が有るとも思えません。

あの看板は一体なんだったのだろうかと、
またあきらめかけて車をUターンしようと思いました。

そのときです、忽然と現れたのです。

“ステンレスバス”が!

そうです、どの家庭にでもあるようなあのステンレスバスです。

その家庭用のステンレスバスに
塩化ビニールの太いパイプから大量の水、
いや風呂には水は似合いません、
そう温かい温泉が流れ込んでいるのです。

さあお父さん達、この時の私の置かれた状況を想像してみてください。

牧場の中にステンレスバスが一つ。
当然ガイドブックに載っていたような
洒落たサイロ風の脱衣所なんかはありません。

見渡す限りグリーン一色で、身を隠すものは一切なし。
従ってこのステンレスバスは家庭用のステンレスバスであっても、
確かに露天風呂には違いありません。
看板に偽りは無かったのです。

 “無料です。ご自由にお入りください”

と書いてあります。

家庭のステンレスバスならば、
そばには脱衣所があって当たり前ですが、
ここは牧場の真っ只中、
ステンレスバスがポツンと置いてあるだけです。

どうも勝手が違うのです。

人間というものは、不思議な生き物です。
幌加温泉やその他の脱衣所が無い露天風呂に入るときにも、
今日のような抵抗感を感じることはありませんでした。

水無海浜温泉の露天風呂では
近くの現役の女性に“標準サイズ”を見られる可能性があって、
裸になるのを一瞬ためらいはしましたが、
今日のような抵抗感ではありませんでした。

ここでは、裸になるのが妙に気恥ずかしいのです。
周囲には、現役の女性どころか、人一人いないのですから、
気兼ねなく裸になれそうなものですが、なぜかためらわれるのです。

ステンレスバスという“日常的”なものが、
牧場の中に一つポツンと置いてあるという、
“非日常的”状況が私の神経を狂わせているのかもしれません。

人一人いないと言っても、
日常的な私が、非日常的な行動を取ろうとしている
別の私を見ているのです。


 “お前は、本当にこれに入るのか”

と、念を押しています。

風呂はどの家にもあるような普通のステンレスバス。

それなのに家どころか脱衣所も無い牧場の真っ只中。
そんな状況の中で服を脱ぎ、フルチンでお尻を太陽にさらすことは、
果たして是か非か。

 「何が、是か非かだ。早くそのステンレスバスに入ってしまえ」

お父さん達もようやく私の置かれた状況が分かってもらえたのでは。
本当に、この無料の“露天風呂”に入るのが是か非か悩んだ結果、
ある悟りに達しました。

 「お前、禅寺の坊さんじゃあるまいし、何が悟りに達しただと。
  たかが風呂に入るだけのことではないか」

いいえ、やはり“非日常的”空間に我が身を置くと言うことは、
思考能力も研ぎ澄まされ人を悟りの境地に持っていくのです。

 「ごじゃごじゃ言わずに、結局どうしたのだ」

ハイハイ、ちゃんと話しますからせかさないでください。

その悟りの境地というのは、自分を人間と思うなということです。
人間だから牧場の真っ只中で、
フルチンや尻を太陽にさらすのがおかしいのです。
それを日常的に行っている牛と思えばよいのだと。

悟りに達すれば、行動に移すのが早いのが私です。
サラブレッドだって温泉療養する昨今、
ホルンスタインがステンレスバスの“露天風呂”に浸かってどこが悪い。
モウ本当にいい気分でした。


『大自然 牛と思えば 恥もなし
            牧場の中の 露天に浸かる』




一度このような“非日常的体験”を積むと、
私の学術的研究の対象が一気に広がるものですね。

少々のことでは驚いたり悩んだりすることはなくなります。
牧場の真っ只中の肥溜め、いや間違い、
ステンレスバスに浸かれるくらいですから、
池の中で、これまた、スッポンポンで泳ぐことくらいは、
何の抵抗もなくなります。


次に、屈斜路湖湖畔の池の湯にやってきました。
ここは、何度かテレビでも放映されたことのある白鳥の渡来する池なのです。
というのも、この小さな池から温泉が湧き出しているため暖かく、
極寒の冬の北海道で越冬する白鳥たちにとっては、
数少ない楽園の一つとなっているようです。

この大自然そのもの温泉は、
北海道“身勝手一人旅”の中で当初から期待していた温泉の一つでした。
しかし、私が奥摩周湖温泉で“牛”になって
ステンレスバスに入っていなければ、
この池を“露天風呂”として入浴しようという決心は、
なかなかつかなかったと思います。

奥摩周湖温泉のステンレスバスの透き通った温泉とは異なり、
池の湯は、無色透明ではありません。

私は、温泉でも無色透明なお湯より、
白濁した硫黄泉や赤茶びた鉄泉など色のついた温泉が好きです。
逆に巨大温泉ホテルにある大浴場などの無色透明な温泉は、
本当に温泉なのかと疑わしくなり、
なかなか温泉気分を味わうことが出来ません。

そんな単純な温泉の好き嫌い分類からすれば、
この池の湯の色は、色つき、しかもめったに無い濃い緑色のお湯なのです。
温泉では珍しい緑色ですが、
ここは、温泉と言ってもあくまでも本来は池なのですから、
この緑色は、普通の池の色と変わりがないのです。

それはそうですよね、なにせ池の湯は、
見た目は何処にでもある“池”そのものなのですから。

そうです、この温泉の緑の色は、何を隠そう、
自然に池に生えている藻の色なのです。

この藻の色の緑の湯は、池でさえなければ、
万病に効く効能あらたかな薬草湯になるのは間違いありません。

この池の湯は、くどいですが、自然の池ですから、
ステンレスバスとは違い、底は泥で出来ています。

ステンレスバスなら、家では洗剤で洗い奇麗に磨いてお湯を溜めますが、
自然の池を洗剤で洗ったという話は聞いたことが有りませんよね。

従って、ここ池の湯の水、いやこの場合は、
温泉ですが、濁って汚れているのです。

その濁りと藻の色が“調和”して
万能あらたかな“薬草湯”のような濃い緑色を作り出しているのです。

まして、テレビで放映されるような白銀の世界の中、
湯気が上がっている中で白鳥の姿を映し出す、
美しい池ではありません。

夏の暑いさかりに暖かい温泉が湧き出ている池です。
池の水が温かいのでたくさんの藻が群生しています。

これまで事前に目を通したガイドブックの何冊かにも
この池の湯が紹介されていましたが、

“洗剤で定期的に掃除をしています。
 奇麗なのでご安心して露天風呂をお楽しみください”

とは、どこにも書かれていません。

今回の北海道温泉巡りの中でも、大自然そのものの露天風呂で、
ぜひ訪れたいと思いやってきた私です。

確かに、“いっさい手の加えられていない露天風呂”を目の前にして、
誰にも文句を言えるはずがありません。

奥摩周湖温泉で一度牛になっている私は、
今度は、何のためらいも迷いもありません。

冬、白鳥の渡来する池で有名なら、
夏は私がアヒルにでもなればよいのだと。

水掻きならぬ、五本の指で池に浮かぶ藻を掻き分けながら、
当然裸で、優雅に池の湯を泳ぎ回りましたね。

そのうち一台のタクシーがやってきて、
乗っていた熟年夫婦に運転手が説明しています。


 「この池は、温泉が沸いていて暖かいので毎年冬になると、
  この暖かい池の湯を求めて白鳥が渡来するのです」
 「あそこで泳いでいるのは何ですか」
 「ああ、あれは、社会に馴染めず、逃避行動をとっている人間、
  いや醜いアヒルです」

と、言っているかは分かりませんが、
いずれにしても、人間を見ているような目つきではありませんでした。


 『池の湯で 藻をかきわけて 湯に浸かる
               ここまでくれば 醜いアヒル』


★データ
(走行距離)二百二十三キロ
(入浴温泉)奥摩周湖温泉・鐺別温泉・弟子屈温泉・和琴温泉・
      コタン温泉・池の湯温泉・赤湯温泉・砂湯温泉・
      川湯温泉・仁伏温泉・藻琴山高原温泉・藻琴山温泉・
      女満別温泉






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2007.11.13 (Tue)

【私は、つくね】 私は、[も」を聞くまでは

第二十二話 【私は、「も」を聞くまでは】


「つくね、下りるよ」
   ・
   ・

「つくねったら、おいで!」
   ・
   ・

おとんの声が少し高くなる。

いま私は、2階の階段の踊り場で、
おとんが下に降りようと言っているのを無視している。

おとんの服装は、ジーパンの外出スタイルだ。
おとんとおかんは、これから外出する気だ。

なのに、私を連れていく気がない。
だって、おとんがいくら声を高くしていても
私の期待する「も」を言ってくれていない

「つくね、良い物あげるから、おいでったら!!」
   ・
   ・

私は、いまは、良い物はいらないのだ。
欲しいのは「も」の言葉だけなのに。

私も連れて行って




おとんもおかんも、私を2階に置いたままでは外出できない。
それが分かっていての、私の実力行使だ。
私は、「も」を言ってくれるまでは、
今日は絶対下には降りないから。


最近、おとんとおかんは余り私を外に連れて行ってくれない。
たまに、おとんが散歩に連れて行ってくれるけど、
そのときはおかんは家にいる。

「あれ、つくね、もう帰ってきたの」

おんがあきれた声を出している。

「つくねは、どうして散歩が嫌いなのかな」

私は、おとんとおかんが一緒なら散歩も楽しいのだけど、
どちらか一人のときは、どうしても小さいときのトラウマがあるため
家が見える範囲しか動き回りたくない。

おとんとおかんは、週末、都筑区の緑道を2~3時間かけて散歩する。
散歩というより健康管理のためのウォーキングに近い。

今度、移ってきた都筑区にはいくつもの公園が点在し、
その公園を結んでいる緑道という自然あふれる地道が、
16kmにもわったって存在する。

緑道の両側には桜や紅葉を初めとする様々な木々が植わっていて
正に緑の道なのだ。
それら緑道は、”せきれいの道”とか”ささぶねの道”とか
それぞれ名前が付けられていて、休日になると、
多くの人がジョギングや散歩を楽しんでいる。

茅ヶ崎公園の秋



おとんもおかんもおにーちゃんも正直なところ、
家の周りの環境が良くて、ここに移ってきたのだが、
都筑区全体が、これほど都会と自然が融合した地区だとは
散歩やウォーキングをして初めて気が付いたのだ。

私も、ヘルニアになる前は、

「つくね”も”散歩に行くよ」

という声が、おとんやおかんから、ウォーキングのたびにかけられ
春夏秋冬それぞれ違いを見せる緑道を歩くのが楽しみだった。

おかんは、最初歩き出した時は、私同様30分も歩けばバテていたが、

「年を取ってから何が大切かって足腰が丈夫なのが一番だよ」

という、おとんの持論に屈し、毎週末になるとおとんに引っ張りだされた。
それが今では、休憩なしで2~3時間もの長時間、
ウォーキング出来るようになったのだから大したものだ。

おとんとおかんはウォーキングの間、
色々なことを話しながら歩き続ける。
この自然環境が、おとんやおかんに癒し効果を与えているのは間違いない。
おとんとおかんが、仲良く笑顔で歩いている姿を見るのは
私にとっては、この自然環境と同様大切な安らぎを与えてくれる。


本当はいけなのだろうが、おとんとおかんは、
緑道ではリードをはずして私を自由に歩かせてくれる。

私がおとんやおかんの周りをうろうろしたり、
時には道草をくい、置いてきぼりになって
あわてて駈け出したり楽しいことこの上ない。

おかんのあとに



そうして歩いている時、時々おとんとおかんは、
私の鼻の効きが悪いことを承知のうえで意地悪をするときがある。
私が、道草を食っている隙に、おとんがかくれんぼをするのである。

「つくね、お父さんは」

私は、おかんの声ですぐに頭を上げたが、
おとんの姿がどこにも見えない。
あれれー、いままで一緒だったのに。
おかしいな、おとんがいない。

おとんはどこ



私は、犬のくせに本当に鼻が悪い。
小さい時から、ぜんそく持ちで、しょっちゅう鼻 が出るのである。
美人が台無しだ、とおかんが嘆くが、こればかりはしょうがない。

普通の犬なら、さっきまで一緒だったおとんの臭いをかいで、
すぐにおとんを見つけられるものだが、私は駄目なのだ。

また、目もそんなによくないので、おとんが意地悪して
どこかに隠れてしまうともうお手上げだ。

「つくね、お父さんは何処に行ったのかな」

おかんまで一緒になって、私の不安を掻き立てる。

「つくね、お父さんを探してよ」

私は、効きの悪い鼻にめい一杯空気を吸っておとんの臭いを探す。

駄目だ!
おとんの臭いがわからない。

視線の少し先に、人が歩いている。
おとんかどうかは分からない。
でも、もう走るしかない。

短い足で、必死に先を行く人を追いかける。

「つくね、違うよ、お父さんはこっちだよ。
戻っておいで!」

今度は、おかんが驚いた。

私は、耳だけはよいので、おかんの声でその場に立ち止まり
おかんにたずねる。

おとんはどこ2





「違うの、それならおとんはどこ」

わたしは、首を傾けておかんのほうを見つめる。
おとんが、そんな私の不安げな様子を見かねて

「つくね、ここだよ!」

と声を上げる。

かくれんぼ1





「あっ、おとんの声だ」

目も鼻も余り効かない私だが、おとんの声はしっかりと分かる。
姿が分からないまま、声のしたほうに駆けだす。

「つくね、つくね」


かくれんぼ2



ようやく、おとんの姿がとらえられた。
もう、おとんは嫌いだ!
私は、おとんのところに一目散に駆け寄る。

「つくね、よかったね」

おかんが、笑いながらおとんと私のほうに寄ってくる。
おとんから頭をなぜてもらい、私もほっとする。

もう、おとんもおかんも意地悪しないでよ!
今度は、絶対私がかくれんぼをして
おとんとおかんをおどろかしてやる。

私は、鼻の悪いことをいいことに、
ウルウルしそうになった気持ちをごまかした。

ウルウル



こんな味わいたくないハプニングを味わい、
おとんとおかんと一緒の散歩が続く。


おかんは、毎週末の散歩で歩く時間を徐々に延ばし
ウォーキングとよぶほうがよいくらい歩けるようになったが
短足の私には、当然、長時間のウォーキングは無理だ。

おとんもおかんも、そのことはよく分かっていて、
しばらく私が歩いて、疲れてきそうだと、抱っこをし、
私が、また歩きたいと意思表示をすると歩かせてくれる。

カニーヘンで、体重が4kg以下と言っても、
2時間から3時間のウォーキングで、
その間のかなりの部分、私を抱っこをするのは
二人にとっては相当疲れるようだ。

とくにおとんは、もともと腰痛持ちなのに、
おかんに負担をかけないように、なるべく自分で私を抱こうとする。

何回か、私を素手で抱っこをしていたが、
やがて、キャリーバックに入れて肩にかけると楽なことがわかり、
それ以降は、キャリーバックに私は入れられ、
緑道のウォーキングのお伴をすることになった。

キャリーバック



ところがあるとき、おとんとおかんがLaLaポートで
他の犬がすました顔で、キャリアカーに乗っていたのを見て、

「ねー、お父さん。
つくねもあれに乗せて散歩すると楽と思わない。
 あなたの腰にもいいし」

と、私用のキャリアカーに関心を持った。
小さいことに長いこと悩むおとんも、このときは意外に早い決断で、
おかんの提案にのった。

キャリーバックに私を入れてのウォーキングは、
やはり腰痛持ちのおとんには、相当こたえていたのだろう。

これが、私のヘルニアを誘発するとは、
その時はおとんもおかんも分からなかったのだ。


「つくね、よかったね!」
「つくね、楽ちんだろう」

それからは、おとんとおかんは、私をキャリーカーに乗せ
緑道の地道を何時間も一緒に歩くようになった。

ところが、この地道が曲者だったのだ!

私も、キャリアカーの中では、
伏せをして乗っていればよかったのだが、
楽しい散歩のひと時、おとんやおかん同様、
緑道の豊かな自然を満喫するため
前足をキャリーアカーの先に乗せ
後足だけで立つ姿勢をすることが多かった。

この姿勢と、緑道の地道からくる震動が
私の背骨に疲労を与えることになったのだ。

何回か、このキャリアカーで散歩した後、
ある日突然、私は腰に痛みを覚え、
急遽病院に駆けつけることになってしまった。

そのへんの事は、以前に話した通りだ

その後、おとんとおかんの必死の介護の甲斐あって
私は、ほぼこれまで通りの生活が出来るまでに身体が直ってきた。

人間のみならず私も、ずいぶん勝手な生き物なのかなと思う。
あれだけヘルニアで思うように歩けなかった私なのに、
最近身体か元に戻ってくると、その時のつらさと
おとんやおかんの親身になっての介護を忘れた行動に出るのだ。


おとんやおかんが最近私を外に連れて行ってくれないと
私が文句を言うようになってきているのだ。

おとんもおかんも、私のヘルニアが自分たちの無知で
引き起こしたのかと思っており、以降、細心の注意を払って
私をケアしてくれている。

私を一緒に車に乗せて外出するのも極端に控えているのもそのせいだ。

それなのに、私は、最近おとんやおかんが
私をどこにも連れて行ってくれないと文句を言う。
本当に勝手だと分かっていても、
もう身体がなんともないのでどうしてもわがままになる。


「面白くなーい!どこか連れて行ってよ!」

おとんとおかんが外出しようとするとき、
しつこくおとんの足元にまとわりつき、
尻尾も最大限に振って私の気持ちを伝える。

それなのに、おかんは、

「お父さん、早くつくねに言い!」

と、もう私を置いていく考えだ。

私は、それでもおとんの気持ちを変えるために
必死におとんの目を見つめ訴える。

「おとん、おかん、ネー連れて行ってよ」

でも、最近は、私の必死の訴えにもかかわらず、

「つくねは、お留守番」
「つくね、行って来まーす」

と連れない返事が返ってくる。


もう知るかー!

私の態度は一変する。
それまで、めい一杯振っていた尻尾は一瞬にして垂れ下がり、
おとんやおかんを見つめて訴えていた瞳はうつろになり、
トボトボとハウスに向かう。

ときには、おとんやおかんが分からないよう、
洗面所やおにーちゃんの部屋に行ったりして最大の抗議行動をとる。
もう完全に”拗ねのつくねパターン”に突入だ。

最近は、本当に私は留守番が多い。
そんなことが分かっているので、
おとんが下に下りようといっても
そう簡単に言うことが聞けないのだ。

「つくね、下りるよ」
   ・
   ・
「つくねったら、おいで!」
   ・
   ・
おとんが、私の洋服を引っ張って私を下に降ろそうとする。

「も」を聞くまでは、実力行使あるのみだ!

実力行使











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2007.11.13 (Tue)

【一人旅】 五の四 十勝岳温泉

五の四 十勝岳温泉             八月八日



 『フルチンで カメラ構える 露天風呂
              視線の先に 思わずニタリ』

 『はいチーズ 作り笑いを しなくても
               笑いを誘う 一物ぶらり』



今回もまたお父さん達好みの話になりそうです。
それにしても、どうしてお父さん達を相手に話をすると、
こうも下ネタが多くなるのでしょうね。

 「何を寝ぼけたことを言っているのだ。
  それは、単にお前が好きなだけではないか」

そう返ってくるとは思っていました。
しかし、あえて今回のテーマを取り上げたのは、
北海道温泉巡りの間、今回のテーマで述べるような状況に
しばしば出くわすため、一度は話題に出してみたかったのです。

 「せめて登別温泉の白肌の女性をカメラに撮るならいざ知らず、
  どうして、俺達が、フルチン話でお前に付き合う必要があるか」

まあ、そう言わずに付き合ってください。

お父さん達は、温泉でカメラと言えば何を連想しますか。

 「そりゃお前、やはり白肌の女性が入浴しているシーンを
  撮りたいという気持ちだろう」

そうですよね、私の本棚にある温泉の雑誌の多くにも、
お父さん達が連想するような写真が多く掲載されています。

しかし、そんなお父さん達の期待を覆す話をこれからしたいと思います。

 「だから言っただろう、何で俺達がフルチン云々に
  付き合わなければならないのかと」

話をすすめます。


露天風呂にカメラを持ってきたのは、
ビチピチギャルでも白肌の御姐さんを写すためではなく、
何を隠そう、この私の入浴シーンを撮るためなのです。

 「おい、ちょっと待て。それだけは頼むから止めてくれ」

それはそうですよね。

これまでさんざん、お父さん達の身体について、
娘さん達の言葉を借りて極評してきた私ですから、
同類の私の入浴シーンなんか見たくも無いでしょう。

でもやむを得ないのです。
リフレッシュ休暇を終わってから、体験記をまとめるには、
“リフレッシュ真っ最中”にふさわしい写真がいるのです。

私のリフレッシュが温泉巡りならば、
“リフレッシュ真っ最中”の写真といえば、
温泉に浸かっている写真しかないですよね。
しかも私が温泉に浸かっていなければ意味が無いのです。
ギャルや御姐さん達ではだめなのです。

そこでお父さん達のブーイング覚悟で、
私の肉体美の披露とならざるを得ないのです。
その際、どうしても冒頭のようなシーンに出くわすのです。


お風呂に入るとき、持っていくものとしては、
昔から石鹸と手拭と相場が決まっています。

どう考えても手拭にカメラという組み合わせは馴染みません。
浴室のドアを開けた人間が、
スッポンポンでカメラをぶら下げている姿を想像してください。

スッポンポンで男性がぶら下げて違和感の無いものは一つしかないはずです。
ところが、スッポンポンでカメラをぶら下げていても
違和感の無いところが一箇所あるのです。

 「露天風呂だろう」

そうなのです。

露天風呂だけは、カメラを持ってきても余り違和感がないのです。
露天風呂に浸かっている人間とその背景が絵になるのです。
その人間が女性ならばなおのことですが。


いま私は、十勝岳の山麓にある十勝岳温泉の露天風呂に入っています。
本来ここの温泉は、十勝岳への登山基地として利用されることが多く、
温泉旅館というより山小屋といったほうが似合っている所です。

私が訪ねたときもTシャツに短パンというような格好は私一人で、
他の人は皆な、登山をするための重装備できていました。
つまりこの温泉は、家族連れや彼女と来る様な温泉ではないのです。

しかし、神様は、そのような山男だけしかこないような温泉に、
ギャルや白肌の女性の代わりに
実に素晴らしい自然を提供してくれていたのです。
というのも、露天風呂から見る景色がもう最高なのです。

目の前には、江戸時代の安政の大噴火跡が生々しく爪あとを残しています。
噴火で削り取られた不毛の岩肌を覆い尽くす硫黄。
その周囲を取り巻く山々の優しい緑の木々。

露天風呂のドアを開け、この景色が目に飛び込んできたときは、
正直感動を覚えました。

この驚きと感動を感じたのは私だけではないのです。
あとから仲間でしゃべりながらやってきた若者達も、
ドアをあけたとたん、

「すげー!」

の一言を発した後は、誰一人しゃべらなくなったのです。

露天風呂に浸かり、若者達はそれぞれの思いで、
この大自然の景色と向き合っています。

一時間経っても誰一人出て行くものがいません。

このような、状況下にあって冒頭のカメラが登場するのです。
これだけ素晴らしい大自然に溶け込んでいる私が
絵にならないはずは無いと思い、
持ってきたカメラをおもむろに取り出しました。

この場の雰囲気を壊さないよう気を遣いながら
一人の若者にシャッターを押してもらえないか頼みました。

みんな、気持ちがおおらかになっているのでしょう、
その若者も快くよく引き受けてくれました。

露天風呂から上がり、私のほうに向いてカメラを構え、

 「いいですか、写しますよ。はいチーズ」

と合図してくれるのです。


お父さん達、この若者はつい先程まで露天風呂に浸かっていたので、
当然スッポンポンですよね。
彼のほうは被写体である私の“標準サイズのもの”が
写らないよう気を遣ってくれるのですが、
その分、自分がどんな格好でカメラを構えているのかまでは気が回りません。

両手でカメラを持っているのですから、
手拭で自分の“ロングサイズのもの”を隠すことは無理です。
お父さん達、その時の若者の姿を想像して下さい。

 「はいチーズ」

と、彼は私に笑顔を作るよう求めています。
私は、カメラに向かって笑顔を作るよりは、
どうしてもカメラの下に目線が行ってしまうのです。


『フルチンで カメラ構える 露天風呂
              視線の先に 思わずニタリ』

『はいチーズ 作り笑いを しなくても
               笑いを誘う 一物ぶらり』


★データ
(走行距離)二百八十二キロ
(入浴温泉)湯ノ沢温泉・十勝岳温泉・吹上温泉・白金温泉・芦別温泉




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2007.11.08 (Thu)

【私は、つくね】 私は、おとんの時間差攻撃にあわてふためく

第二十一話 【私は、おとんの時間差攻撃にあわてふためく】



良家のお嬢様風





「いま、駅に着いた」
「はーい」

おとんは会社から帰宅するとき、最寄り駅から必ず電話をする。
それに対して、おかんが、一言短い返事をする。

私にとって、毎日の楽しみは、おとんと一緒に食べる夕食だ。
そのため、夜、おとんが帰ってくることを知らせる
この短い電話が待ち遠しくてたまらない。

「つくねは、どうしてお父さんが帰ってくる電話と分かるのかね」

と、ばっちゃんやおかんが不思議がる。
どうしてなのかな、家族と一緒に過ごしていれば、
皆の行動パターンが読めると何度も言っているのに。

私にとってはこの電話は、楽しみにしている食事が
もうすぐ貰えるという合図になるので本当に有り難い電話だ。

それにしてもおとんは、
毎日律儀に電話をかけるものだと私は感心をしている。

他の家庭のお父さん達も、おとんのように
毎日帰宅を知らせる電話をしているのだろうか。

私が見る限り、おとんはおかんが怖いために電話をしていると思えない。
それどころか、結構おとんは家の中では威張っている。
でも、我が家は”亭主関白”かといえばそうでもないし、
おかんがおとんを尻に敷くといった”かかー天下”でもない。


おとんは、酔うと時々、

 「家庭は男が仕切っていなければならない。
  おれは、男尊女卑主義だ」


と、今や死語になったような古色然とした言葉で熱弁をふるうが、
それはおとんの単なる願望であることは、
家でのおかんの日頃の態度を見れば一目瞭然だ。

おとんが、おかんを言い負かそうとしても、

「何よ、あなたのそのぶさいくな顔、なんとかならないの」

といった調子で、平気でおとんに言い返す。
おかんは、極め付きの負けず嫌いなのだ。
そんなおかんを前にして、男尊女卑を望むおとんもおとんだ。


それでも、おかんは結婚した当初から、
おにいちゃんやちーにいちゃんの前では
絶対におとんの悪口を言わず
おとんを立てる態度で接してきたらしい。

その甲斐あって、今でもおとんは子供達の前では
なんとか父親としての立場を取ることが出来ている。

しかし、二人の思春期や受験時期の一番難しい時期に
おとんは、仕事が忙しいと称して父親としての役割は何ら果たさず、
もっぱらおかんが、父親と母親の二役をこなしたとのことだ。

結果は、今でも、おにいちゃんやちーにいちゃんにとって
大事なことの相談相手はもっぱらおかんだし、
おとんだって、子供達に何かを伝えたいことがあるときは、
おかんを通じてやっているという情けなさだ。


今の社会では死語にも等しい男尊女卑を目指したおとんは、
家族にとっては、まじめな給料運搬人くらいにしか
思われていなのかもしれない。

可哀そうなおとん。

それでも、おとんは、家族にどう思われていようが
結構自分の考えを押し通そうとするし、偉そうにしてしいる。
おかんもそんなおとんに気を使っているから不思議なものだ。


では、何でおとんはこうもまじめに帰宅の電話をするのだろうか?
私が思うに、おとんの優しさなのかもしれない。

おとんは、以前はよく外でお酒を飲んで帰ることが多かった。
お酒を飲む予定が分かっているときは、
事前におかんに今日の夕食はいらないと伝えて会社に行けば良いが
仕事の都合上、急に飲むことになった場合、
おかんが夕食の準備をする前までに夕食がいらないことを伝えていた。

また、家に友達を連れてくるときも同様で、
必ず事前におかんに連絡を入れていた。

これら、事前の連絡は、おかんが怖いというより、
おかんに無駄をさせたり、あわてさせたりしないよう、
おかんへの配慮、言いかえれば、おとんの優しさからくるのだろう。


毎日の最寄り駅からの電話も、
もうすぐ家に帰るので暖かな夕食やお風呂の準備を宜しく、
という意味を言外に込めた連絡なのかもしれない。


こうした、おとんの優しさのおかげで私の最大の楽しみである、
おとんとの夕食時間を知ることが出来るようになった。

「つくねは、お父さんからの電話があっても
直ぐには玄関に迎えに行かないのよ。
 電話があってから少したって玄関に行くの。
 駅から家までの時間が分かるのよ、すごいでしょう」

そうなのです、私は、賢いのです。
だって、電話があっておとんが家に着くまでに、
だいたい15分くらいかかるのだけど、
その関、玄関でずーっと尻尾を振りながら
おとんを待っていたら疲れるし寒いでしょう。

そのため、ばっちゃんやおかんが感心するけど、
私はおとんからの電話が有ると、少し時間をおいて玄関に行く。

そこで良家のお嬢さんのように三つ指ならぬ四つ足をついて
おとんを出迎えることになる。

四足ついてお迎え



おとんの足音が聞こえだすと、私の嬉しさが身体に伝わり
どうしても尻尾が左右に動いてしまう。

おとんが、玄関の鍵をガチャガチャしだすと、
もう私の嬉しさは最高点に達する。

こうなると、良家のお嬢さんぶってはいられない。
四足ついて待っていた私はもう待ち切れず
玄関の土間に駆け下りていく。

「おとん、お帰り!早く入ってよ。疲れたでしょう。ネエー早く!」

もう、尻尾は全回転モードだ。


「つくね、ただいま。
ワンワンじゃないだろう。
 お父さんお帰りだろう。
 7歳にもなっても、まだお帰りと言えないのか」

と、おなじみのセリフを言いながら、私の頭をなぜくり回す。


私は、嬉しくてたまらない。
今度は、ばっちゃんやおかんに、おとんの帰宅を知らせるため
リビングと玄関の間を駆け巡る。

「これつくね、わかったから走るのやめなさい!」

おとんは、ニコニコしながら皆に挨拶をして、
着替えのために2階に上がっていく。

もうすぐだ!
あと少しだ!
私の大好きな時間が来る。
おとん、早く、早く、下りてきて!

こうして、私の最も楽しみなおとんとの夕食のひと時を
今や遅しと待ち続けるのである。


ところが、時々おとんは思いもよらぬ行動をとることがある。
悪気ではないのだが、おとんにこれをやられると
私の日頃のペースが狂ってしまうことがある。

「お父さん、つくねがびっくりして身体をひねったり、
椅子から急に飛び降りたらどうするの」

と、おかんもおとんがこれをやるのを嫌がる。

おかんは、せっかく良くなってきた私のヘルニアが
再発したらどうするのかと心配なのだ。

私もこれをやられると、日頃の良家のお嬢さんを装った
四足ついての気持ちを込めた出迎えが出来なくなり、
うたた寝していたハウスから、
玄関の土間に飛んで行かねばならなくなる。

ハウスで待機




気持のこもった、おとんのお迎えができなくなり、
それがおとんとの夕食に影響が出ないか心配になるのだ。

いつもは、最寄駅から電話するおとんが、

「いま、公園」

と、おかんに伝えることがあるのだ。
最寄り駅に降りて、仕事等他の電話をしていて、
家に電話をするのが遅れるときがあるのだ。
公園は、家から目と鼻の先にある。

「はーい」

おかんは、いつもと同じように短い返事を返す。

日も暮れたこの時間帯で、おかんの短い返事だ。
私は、当然ながら、おとんからのいつもの電話と思う。

もう少ししたら、おとんが帰ってくる。
ハウスの中で、喜びを隠しながら、
まだ少し時間があるなとうつらうつらしていた。


まだ少し時間が



ところがどうだ、玄関のドアの鍵を開ける音がするではないか。

エッー!どうして。
ネー、どうしてなのよ!
電話があってまだ何分もたっていないじゃないの

「つくね、ただいま!」

そんなばかな、どうしてなのよ!

いつもは、おとんが家に着く頃を見計らって、
玄関で四足ついて待っている私なのだが間に合うわけがない。
私は、ハウスの中から飛び起きて玄関にダッシュする。

肩掛け掛けて1





私の背中にハウスの中でかぶっていた肩掛けが乗ったままで、
おとんに頭をなぜてもらうはめになった。

カッコワルー!


肩掛け掛けて2





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2007.11.05 (Mon)

【一人旅】 五の三 登別温泉

 五の三 登別温泉              八月六日



 『手拭で 隠す姿が 似合わない
            スッポンポンで 大手を振って』

 『登別 地獄の釜の 湯加減を
            全裸で回る 鬼にも似たり』



パンツの置き干しで冷や汗をかいた私ですが、
今日は北海道でも有数の温泉地、登別温泉に来ています。

多くの土産物屋が軒を並べ、
ホテルや旅館が所狭しと建ち並ぶ、一大観光地です。
小雨にもかかわらず、ひっきりなしにマイカーや観光バスが
登別の名所のひとつ、地獄谷に吸い込まれていきます。

お父さん達は、この地獄以外に、登別の有名なものは何かご存知ですか。

 「そりゃお前、登別温泉と言えば、熊牧場だろう」

お父さん達の歳で、熊牧場はないでしょう。

実は、お父さん達ならぜひ行きたいと思う、
スッポンポンで運動が出来る運動場が有るのです。

 「おい、ちょっと待て。
  お前、また何かを企んでいるな。
  ヌーディストクラブじゃ有るまいし、
  そんな所が有るわけがないだろう。
  もうだまされないからな」

最初からそんなに突き放されると、話が前に進まないですよ。
話し相手がお父さん達ですからもっと気楽に行きましょうよ。

そこでお父さん達に質問です。
お父さん達は、大人になってからスッポンポンで、
歩いた距離の最高はどのくらいですか。

 「・・・・・・・・・」

返事がないところをみると、完全に私を無視する気ですね。
せっかく登別温泉の名所を案内してあげようと言うのに。

では、お父さん達が関心を持ってもらえるまで、
一人でしゃべっています。

確かに、私が馬鹿な質問をしたことくらいは分かっています。
それを承知で話を続けます。

我々が日頃スッポンポンで歩くところと言えば、
風呂場の浴室内か脱衣所くらいでしょう。
独身の場合だって、風呂上がりせいぜい2DKの室内を
うろうろするくらいが精一杯ですよね。

いわんやお父さん達が、風呂上りにバスタオルを腰に巻いたまま
リビングでビールでも飲んでいようものなら、
思春期の娘さん達は、お父さん達の醜い身体を見たとたん、
一目散に自分の部屋に逃げ込むことでしょう。

まだ自分の部屋ならば良いですが、
反動でスラッとした彼氏のもとに行かないとも限りません。
娘の前では、裸でビールを飲むのはやめましょう!

 「スッポンポンで、どれだけ歩いたかだと。
  何が醜い身体でビールを飲むなだと。
  ぐだらんことをごたごた言いやがって。
  家でどんな格好をしようが、
  お前にとやかく言われる筋合いはない!」

おやおや、もう沈黙はやめたのですか。
そうですよ、そうでなくては話をしていてもつまらないですよ。


お父さん達の身体にけちをつける娘さん達に言ってやりなさい。
お前達、家族を養うため毎日会社に行き、
毎晩同僚やお客との飲み会でこうなったのだと。

でもそれは、苦しい言い訳ですね。
ましてや、お前達を養う云々と言ったとたんに、

「誰が産んで欲しいと言った」

とか、

 「もっと稼いで来て欲しい」

などと、奥さん達と娘さん達が結束してお父さん達に
言い返すのが落ちですね。

また、そんなふうに愚痴を言っても、
その身体は、そう簡単には、
娘さん達の彼氏のような格好のよいスタイルにはなりません。

せめて風呂上りは、若者風にトレーナくらいを着て
娘さん達の前では、ビール腹をさらさないことですね。


以前、パンツを脱いで寝よう、というラジオ番組で、
その効用を紹介しましたが、
パンツを脱いだときの開放感がさらに強調される、
スッポンポンで運動が出来るところが、
実はこの登別温泉に有るのです。


かなり古い話ですが、新千歳空港がオープンする前、
札幌に出張の際、千歳空港からJRを利用して札幌市内に行く場合、
駅に行くための渡り廊下を利用された方も多いと思います。

そのかたがたは、私同様に気付いておられたとは思いますが、
登別温泉の第一滝本館の大きな広告写真が掲示されていたはずです。
実は、この広告写真がスッポンポンの運動場に関係するものなのです。

 「じらさないで、早く教えろ!」

ハイハイ、いまから説明します。

実は、その広告写真には、ローマ風呂風のような大浴場に、
大勢の女性が入浴しているところが写っているのです。

こう話すと、直ぐお父さん達は、早合点をして、
お父さん達の好きな話を期待するでしょう。

しかし、その渡り廊下は、公共の廊下です。
広告写真には、間違ってもお父さん達が
ひそかに期待するようなものは写ってはいません・・・?!

そうなのです、写っていないと断定すればよいのですが、
正直、“?!”っと思うような内容なのです。

私自身も、その大きな写真に写っているものをゆっくり見るために、
何度かその写真の前を往復したくなるのです。

というのも、その広告写真には、
スッポンポンの若い女性が後姿で浴室内の階段を上っていく姿を
アップで捉えているのです。

繰り返しますが、子供も女性も通る公共の渡り廊下です。
後姿と言えども、その背中の白い肌と、
柔らかそうな大きなお尻に健康的な色気を感じるのは、
決して私だけではなかったと思います。

第一滝本館と札幌市の勇気に感謝です。

このあたりが、観光立国の北海道であればこそ出来る
顧客思考の現れだと思いますが。


今回の北海道温泉巡りで、登別温泉に来たとき、
直ぐにあの大きな広告写真を掲示していた
第一滝本館を思い出したのです。
やはり宣伝効果抜群の広告写真だったのでしょう。


これまで全国色々な温泉地を回っていると様々な体験を積みます。

その一つとして、いわゆる大きな温泉街を形成するようなところには、
たいてい共同浴場が有ります。
そのため一般のホテルや旅館では、温泉入浴だけの日帰り客には、
その共同浴場を勧め、なかなか宿の温泉には入らせてもらえません。

登別温泉も北海道有数の温泉街ですから当然共同風呂が有ると思い、
地元の人にその場所を確認しました。

ところが、その共同浴場に行く途中に、
あのローマ風呂の第一滝本館が目に飛び込んできたのです。

第一滝本館=ローマ風呂=女性の白い肌と連鎖反応で、
私の足は共同浴場に向かわず、第一滝本館の玄関に向かいました。


第一滝本館に着いて、日帰り入浴が可能か聞いたところ、
快く応じてくれるのです。

しかし、いざ入浴料を払う段になってびっくり仰天です。
新宿の歌舞伎町ではありませんが、
写真を見るのは無料だが、それから先、いい思いをしたければ、
お父さん達、お金を払いな、と我々の本能を逆手に取ったような、
すごい商魂にぶつかったのです。

なんと、2000円もの入浴料を取ろうとするのです。
あの広告の大写真の白い肌の女性と一緒に混浴が楽しめるならいざ知らず、
所詮は見たくも無い毛むじゃらの裸を見せられるだけなのです。

こん畜生と思ったのですが、なにせ、こちらはあの女性の白い肌に
引き付けられてのこのこここまでやってきた弱みがあります。

日帰り入浴は出来ますか、と訊ねて、
2000円ですと言われ、そこで止めますは、言いにくいのです。
ぶつぶつ2000円の高さに文句を言いながら
目指すローマ風呂に向かいました。


いざホテルの中に入って見るとこれが驚きなのです。
実に豪華で素晴らしい立派なホテルなのです。
過去入浴した温泉宿で、このような立派なホテルでは、
日帰り温泉客などは、これまではお断りだったのです。

高い吹き抜けのロビー、さりげない照明の中に掛けられている絵画、
廊下の所々に置いてある生け花、ケバケバしさがない重厚な絨毯。
どこをとっても、経営者のお客への心遣いが感じられます。
更に驚きの極め付きが、あの大写真に写っていた浴室なのです。

当然あの写真の女性は拝めないのですが、
その目玉が無くても充分2000円を払っただけの価値があったのです。

普通、温泉旅館やホテルの浴室は、
単に浴室と表現すればそう問題はないのですが、
ここ第一滝本館では、ビル全体が浴室と言っても良いほどの広さがあるのです。

ワンフロアーが大型バス250台が駐車できる
(とパンフレットに書いてあります)
5000㎡の広いというか広大な浴室、いや運動場に、
29種類もの浴槽があるのです。

しかも、浴室の中の、特大の1枚ガラスの外は、
登別地獄が広がっています。


これだけ広い空間を移動する際、日帰り温泉入浴の七つ道具ならぬ、
唯一の道具である手拭を腰に巻いて歩くことに、
すごく抵抗を感じるのです。

何せ250台もの大型バスが駐車できるほどのスペースを、
極小の一物を手拭で隠しながら歩くのが馬鹿らしく思えてきます。


 『手拭で 隠す姿が 似合わない
            スッポンポンで 大手を振って』

と言う気になってくると、後は怖いもの知らずですよ。

気持ちが大きくなり、目の前を大勢の観光客が見物する地獄にもかかわらず、
閻魔大王の手下の鬼が、地獄の釜の湯加減を確かめるように、
スッポンポンで、29個の浴槽の湯に全て浸かって回りました。


 『登別 地獄の釜の 湯加減を
           全裸で回る 鬼にも似たり』


★データ
(走行距離)百五十二キロ
(入浴温泉)登別温泉・カルルス温泉・洞爺湖温泉・蟠渓温泉・北湯沢温泉





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