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2010.01.22 (Fri)

【都筑の風】 コミニュティ

 
 
コミニュティ@都筑の風           2010.01.22




”コミニュティ”とは、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、
--同じ地域に居住して利害を共にし、政治・経済・風俗などにおいて深く結びついている社会のこと--
とある。


「港北ニュータウン」を開発する際、
”人に優しい街”などいくつかの基本開発コンセプトが設定された。

その中の一つに、
これまで住んでいた人々と新しく転居してきた人々とのコミニュティの場となるよう
開発前からあるお寺や神社は出来る限りそのまま残したことがあげられる。




「おたくの住まいは、勝田だったっけ?」


我が家から一番近い神社はどこかと言うと勝田杉山神社になる。
そこでその神社を氏神様とし色々困った時の神頼みや初詣に参拝しに行っている。


いつかこのブログでも取り上げようと思っているが、
この杉山神社については色々語ることがある。


杉山神社の謂れは古く平安時代にさかのぼる。
そのころの書物「続日本後記」によれば、
霊験あらたかなるを以て838年に官幣を授かったとのことである。
横浜市域内で唯一の式内神社で当時最も有力な神社だったらしいのである。

難しいことはさておいて、要するに杉山神社は昔から極めて格式の高い神社であったということである。


所がである、この杉山神社なる神社が、
横浜市や川崎市や町田市などになんと70数社もあるからややこしい。

多くの人が、杉山神社の本社はどこで祭神はだれなのか
調査し議論されてきたが未だに定説がないそうである。


で、勝田杉山神社もその本社候補の一つらしい。

なにせ、横浜市域内唯一の式内神社で格式の高い神社の本社候補である。
となれば、さぞかし立派な神社と思うが実はそうではない。

いまの神社の様子を見る限りは、どう見ても村の鎮守様の域を出ない神社である。
しかし他の本社有力候補の神社も同様なのであるから
おらが村の鎮守様が一番とそれぞれが思っていてよいのであろう。


とにかく我が家の氏神様、外見はいいのである。
神社に参拝する人々の心の持ちようが大切なのである。


今日(1月14日)、勝田杉山神社で”どんと焼き”が行われるのである。


昨年は、前日に正月飾りを持って行ったが、
今年は実際に”どんと焼き”をこの目で見てみたいと思い時間を見計らって神社に出向いた。



神社の境内には、既に大勢の人が集まり、
広場には各家庭から持ってこられた正月飾りの山ができている。


コミニュティ1   コミニュティ2




いつ点火するのか尋ねようと思い集まっている人を見渡した中に
青年指導員仲間の知った人の顔を見かけた。


「こんにちは、いつ点火するのですか」

「おたくの住まいは、勝田だっけ」


と、冒頭の会話になる訳である。


「いいえ、茅ヶ崎だけど、この神社が家から近いので」

「まあいいか、神様は来る者拒まずだから」



そうなのである。
この神社は、昔から勝田村の鎮守様なのである。

集まった大勢の人達は、この勝田地区の人達なのであろうか、
みんなそれぞれが顔見知りで、親しげに正月の間の出来事を話している。

私だけが、”よそ”からきた参加者なのだろうか。
この地に転居して全く意識したことがなかった”よそ者”という気持ちが一瞬頭をよぎる。


その時、小枝に餅やだんごを刺した木をもった御婦人が現れた。


コミニュティ3   コミニュティ4




私が不思議そうに見ていると、
この勝田地区で昔からの習わしで、
”どんと焼き”の火で焼いた餅を食べるとこの1年無病息災ですごせるとの言い伝えがあると
親切に教えてくれた。

私の生まれ育った田舎や長年住んだ京都でも”どんと焼き”はあったが、
こんな餅を小枝に刺して焼く習慣はなく物珍しかった。



コミニュティ5   コミニュティ6




先ほどの知り合いの方がほどなくして正月飾りの山に点火、
あっという間に大きな火柱になる。



コミニュティ7   コミニュティ8



これまで寒かった辺りが一気に暖かくなる。

集まった人々へ振る舞い酒やお菓子が配られ、
人々の顔にも笑みがこぼれる。


コミニュティ9   コミニュティ10




最近では珍しくなった、”ねんねこ”で包んだ赤ん坊をおぶった若い母親も
我が子の健やかな成長を願うように”どんと焼き”の輪に溶け込む。



コミニュティ11



いままで、氏神様とは、単純に家に一番近い神社のことと思っていた。
しかしこれも改めて調べると、
--氏神とは、日本において、同じ地域(集落)に住む人々が共同で祀る神道の神のことであり、
  同じ氏神の周辺に住み、その神を信仰する者同士を氏子(うじこ)という。--
とある。

そうなのである、昔から常に村人達と共にあって村人達の心のより所、
いいかえるとコミニュティの場としてあり続けたのである。



コミニュティ12   コミニュティ13




今、都筑区の人口は20万人にもなろうとしている。
昔から”氏神様”を守ってきた村人達よりはるかに多い人達がこの地に転居してきている。


新しい街に住む我々は家の向こう三軒両隣りくらいしか付き合いがなくなってきているのに、
かたやその同じ地区に、”氏神様”を核として昔からつながりが深い村人達。


せっかく、「港北ニュータウン」開発の基本コンセプトとして残された
コミニュティーの場であるお寺や神社。

新しい街と共に育てていく”区民まつり”等の新しいコミニュティの場も大事だが、
この地に転居してきた住民も、昔からある古きコミニュティの場に参加して、
なくしてはならない良き文化や伝統を後世に守り継いでいくことも大切なことではないだろうか。

氏神様は、来る者は拒まないはずである。



コミニュティ14   コミニュティ15









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テーマ : 横浜市都筑区港北ニュータウン ジャンル : 地域情報

EDIT  |  07:15  |  都筑の風  |  TB(0)  |  CM(8)  |  Top↑

*Comment

                   お早う御座います。
 どんと焼きですか。松本では、三九郎焼きと呼んでいます。柳の枝に、米粉で練った繭子(まゆこ)と云うカイコの繭の様な赤・緑の団子を刺して、三九郎の火で焼いて食べると、無病息災が叶うと云われています。昔は、正月の餅が多かったのですが、今は餅も市販ものですから、米粉を練って作った方が簡単ですから、それの方が多いです。
 コミニュティの核としての神社さんの記述は、大いに首肯されます。散歩で好んで田園集落の小道を行くと、本当に小さな鳥居神社さんに遭遇します。それは、地縁・血縁を核とする集落毎の小さな氏子神社です。
 好く遊びに行っていたフィリピンのセブ島にも、小さな教会が集落毎にあります。そして、その周辺には、小さな雑貨屋が続いていました。

 日本の小さな氏子神社との佇まいとの比較で、日本とフィリピンの宗教観・航海時代の西洋思想の植民地化政策のお先棒を担いでいた文化の違いなどに、思いを馳せて徘徊していた物です。雑学を仕込んで置くと、人間何かの折に、ふと語り掛けて来るものですね。今日も、好い刺激と為りました。
アガタ・リョウ |  2010.01.22(金) 10:28 |  URL |  【コメント編集】

■よそもの

都筑の風@横浜様

よそもの」
胸にグサッとくる言葉
私も田舎生まれで会社人間であるために
居住地域の「コミニティー」には無頓着
神社も一番近い神社を氏神と信じセッセと参拝していました。
うーん「目からうろこ」ではあるが
よそものショックは大きい。
nebaneba |  2010.01.22(金) 13:23 |  URL |  【コメント編集】

どんと焼きに餅 初めて知りました!
色んな風習があるんですねv-290
私が今住んでる地区は古くから住んでる人が多く
組合で役が回ってくると 大晦日は深夜から朝まで
火の番や 初詣客にお神酒を出したり どんと焼きも順番で
回ってくるみたいです。 引越して2年そろそろ役が回ってきます
コミュニケーションが絶対必要みたいでーすv-291
ウララおかん |  2010.01.22(金) 13:33 |  URL |  【コメント編集】

v-121 アガタ・リョウ さん


こんにちは!
餅や団子を焼くのは各地にあるのですね。

コミニュティ、いまや都会では希薄になった人間関係。
殺人を始めとする各種の事件、家庭や社会が教えた”常識”が
伝わらなくなった現代社会のほころびの現れですね。
矢張り持論ではないですが、家族は3世帯同居が望ましく、
世代間で伝統や文化の伝承を果たし、コミニュティで社会との
つながりを学ぶ。
コミニュティの対極のグローバル化で何を得て何を失ったのでしょうね。



v-122 nebaneba  さん


ある人いわく、会社を定年になって地域社会とのつながりを
持てるかどうかがその後の生活の仕方が変わってくると。

今も、地域の集まりに行って帰ってきたところですが、
やはりその場で話す内容や議論の仕方に正直馴染めないでいます。

やはり、これまでの会社人間として沁みついた行動や思考パターンは
そう簡単には消えるものではありませんね。

やはり、まだまだ「よそもの」感覚が続くのでしょうね。


v-119 ウララおかん さん


ウララおかんさん、スマートに歩けるようになりましたか?
CDⅡ期待していますので・・・。

引っ越しをされてまだ2年なんですか。
でも地域の方とのコミニュケーションのベースであるv-275
方は大丈夫なので、ウララおかんならどんな役でもOKでしょう。


    都筑の風@横浜




都筑の風@横浜 |  2010.01.22(金) 22:00 |  URL |  【コメント編集】

こんばんは。
私も先日山田富士公園で見たどんど焼き、名前こそ知ってましたが餅の習わしはその時初めて知りました。こういう風習が今でも大切に残されているっていいものですね。
どんどん人が増えている都筑に置いて勝田地区はもう随分昔から住まわれている方が多いみたいですね。
ステージ |  2010.01.23(土) 00:05 |  URL |  【コメント編集】

ステージ さん


このブログで松本の方からコメントが有り、やはりお餅やお団子を
どんと焼き(松本では三九郎焼きというとのこと)の火で焼きそれを
食べて無病息災を願う風習があるとか。京都ではなかったですが
各地に似たような風習があるのでしょうね。

勝田地区は、港北ニュータウン開発で、地主の方の土地の換地が
少なかった地区で、昔からそこに住んでおられる方が多いとのこと。
そんなことも影響しているのかもしれませんね。


  都筑の風@横浜

都筑の風@横浜 |  2010.01.23(土) 08:54 |  URL |  【コメント編集】

■こんにちは。

煙の臭いが懐かしいです。
昔は渋谷でもやったんですけどね・・。
小学校の同級生に聞いたら、今は無くなったって。。
ボス。 |  2010.01.23(土) 14:35 |  URL |  【コメント編集】

私は、ボス さん


そうなんですか、渋谷にどんと焼き。
そんな時代が有ったのですか。
驚きですね、と同時にそれ自身既に歴史的なもの
となったのですね。
進歩と交換になくなっていくものも多いのでしょうね。


  都筑の風@横浜


都筑の風@横浜 |  2010.01.23(土) 21:09 |  URL |  【コメント編集】

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