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2007.11.20 (Tue)

【一人旅】 五の五 奥摩周温泉・屈斜路湖池の湯

 五の五 摩周温泉・屈斜路湖池の湯    八月十九日




 『大自然 牛と思えば 恥もなし
             牧場の中の 露天に浸かる』

 『池の湯で 藻をかきわけて 湯に浸かる
             ここまでくれば 醜いアヒル』
 


お父さん達とは、もう一ヶ月近く付き合っていますので、
私の学者としての素質と、その驚くべき学術的探究心の深さを
充分認めていただいていることと思います。

そのため、私のことを知らない一般の人達が見ると、
少しおかしいと思える行動も、お父さん達なら、
それも学問のためと理解してくれるに違いないと思っています。

今日の話は、一般の人から見れば
変人による奇行としか思えないような話をしますので。

 「また始まったな。
  一ヶ月近くお前の話を聞いていても、
  お前の行動は良く分からない。
  今回は何をやらかしたのだ」


いつか、お父さん達に話したことが有りましたよね。
相手の立場にたって物事を考えると、
そのその人の行動がわかるものだと。

お父さん達とこれだけ長い間付き合っているにもかかわらず、
今日の出だしの詩で話の内容が分かってもらえないのは、
心の片隅で、私のことを馬鹿にしているからでしょう。

 「いや片隅どころか、心底そう思っているさ」

それはいくらなんでも言い過ぎでは。

お父さん達だって、時には私と一緒に笑い転ろげたり、
楽しい思いをしているでは有りませんか。

お父さん達は、混浴露天風呂でのギャルの行動といったような時だけは、
必死に私の置かれた立場にたって、想像をたくましくするくせに。


それではだめなのです。
お父さん達も、仮面ライダー一人旅をしていれば分かりますが、
日頃の努力無しには、ギャルとの混浴のような
学術的にも皆から評讃されるような場面には出くわさないのです。
その裏に費やされた膨大な努力と時間が必要なのです。

しかし、今回の話は、お父さん達にも
私の行動が奇人変人に写るような内容ですので、
さすがの私も自分が取る行動には少し勇気が要りました。


前置きが長くなりましたので、本題に入ります。

本日の概略スケジュールは、屈斜路湖周辺の温泉巡りです。

この辺りは多くの温泉が沸いており、
私のような温泉の入浴数を増やすことを目的にしている者にとっては
実にありがたい所なのです。

広い北海道、丸一日300キロ近く走って
平均5箇所の温泉を周るのが精一杯なのに比べ、
ここでは午前中だけで6箇所もの温泉に入れたのです。

温泉の入浴数に関心の無い人から見れば、実に馬鹿げた行動ですが、
私にとっては嬉しくてしょうがない、正に温泉天国の地なのです。

ハンドルさばきも軽やかに、屈斜路湖に向かう途中に立ち寄った
奥摩周湖温泉での話が、本日の最初のテーマなのです。


この温泉のことは、事前にガイドブックで調べてきており、
写真入でひょうたん型をした奇麗な露天風呂が紹介されていました。

私としては、当然、探して入浴していくつもりです。

ところが、近くに来ているはずなのにいくら探しても
肝心の温泉が見当たらないのです。

ガイドブックに載っている写真の脱衣所らしい建物は
見つかったのですが、肝心の露天風呂が見つからないのです。

脱衣所らしい建物が見つかって露天風呂がないのは不思議です。
廃業したのかもしれないとあきらめかけました。


ガイドブックを頼りにして温泉を探す場合、
ときたまこういうことに出くわします。
ガイドブックの内容が更新されていないためです。

がっくりして屈斜路湖に向かおうとしたとき、
道路脇に注意してみていないと見逃しそうな小さな看板に、

 “無料露天風呂あり。ご自由にお入りください”

と書いてあります。

あれだけ捜しても分からなかったのに、
と思いながら看板の矢印の指し示す方に車を走らせました。

ガイドブックに載っていたサイロ風の建物からは当然離れていきます。

そのうえ矢印の方向には広々とした牧場が広がっているだけで、
露天風呂が有りそうな建物らしきものはまるで有りません。

また車を走らせるといっても、徐行がやっとのあぜ道です。
こんなところに露天風呂が有るとも思えません。

あの看板は一体なんだったのだろうかと、
またあきらめかけて車をUターンしようと思いました。

そのときです、忽然と現れたのです。

“ステンレスバス”が!

そうです、どの家庭にでもあるようなあのステンレスバスです。

その家庭用のステンレスバスに
塩化ビニールの太いパイプから大量の水、
いや風呂には水は似合いません、
そう温かい温泉が流れ込んでいるのです。

さあお父さん達、この時の私の置かれた状況を想像してみてください。

牧場の中にステンレスバスが一つ。
当然ガイドブックに載っていたような
洒落たサイロ風の脱衣所なんかはありません。

見渡す限りグリーン一色で、身を隠すものは一切なし。
従ってこのステンレスバスは家庭用のステンレスバスであっても、
確かに露天風呂には違いありません。
看板に偽りは無かったのです。

 “無料です。ご自由にお入りください”

と書いてあります。

家庭のステンレスバスならば、
そばには脱衣所があって当たり前ですが、
ここは牧場の真っ只中、
ステンレスバスがポツンと置いてあるだけです。

どうも勝手が違うのです。

人間というものは、不思議な生き物です。
幌加温泉やその他の脱衣所が無い露天風呂に入るときにも、
今日のような抵抗感を感じることはありませんでした。

水無海浜温泉の露天風呂では
近くの現役の女性に“標準サイズ”を見られる可能性があって、
裸になるのを一瞬ためらいはしましたが、
今日のような抵抗感ではありませんでした。

ここでは、裸になるのが妙に気恥ずかしいのです。
周囲には、現役の女性どころか、人一人いないのですから、
気兼ねなく裸になれそうなものですが、なぜかためらわれるのです。

ステンレスバスという“日常的”なものが、
牧場の中に一つポツンと置いてあるという、
“非日常的”状況が私の神経を狂わせているのかもしれません。

人一人いないと言っても、
日常的な私が、非日常的な行動を取ろうとしている
別の私を見ているのです。


 “お前は、本当にこれに入るのか”

と、念を押しています。

風呂はどの家にもあるような普通のステンレスバス。

それなのに家どころか脱衣所も無い牧場の真っ只中。
そんな状況の中で服を脱ぎ、フルチンでお尻を太陽にさらすことは、
果たして是か非か。

 「何が、是か非かだ。早くそのステンレスバスに入ってしまえ」

お父さん達もようやく私の置かれた状況が分かってもらえたのでは。
本当に、この無料の“露天風呂”に入るのが是か非か悩んだ結果、
ある悟りに達しました。

 「お前、禅寺の坊さんじゃあるまいし、何が悟りに達しただと。
  たかが風呂に入るだけのことではないか」

いいえ、やはり“非日常的”空間に我が身を置くと言うことは、
思考能力も研ぎ澄まされ人を悟りの境地に持っていくのです。

 「ごじゃごじゃ言わずに、結局どうしたのだ」

ハイハイ、ちゃんと話しますからせかさないでください。

その悟りの境地というのは、自分を人間と思うなということです。
人間だから牧場の真っ只中で、
フルチンや尻を太陽にさらすのがおかしいのです。
それを日常的に行っている牛と思えばよいのだと。

悟りに達すれば、行動に移すのが早いのが私です。
サラブレッドだって温泉療養する昨今、
ホルンスタインがステンレスバスの“露天風呂”に浸かってどこが悪い。
モウ本当にいい気分でした。


『大自然 牛と思えば 恥もなし
            牧場の中の 露天に浸かる』




一度このような“非日常的体験”を積むと、
私の学術的研究の対象が一気に広がるものですね。

少々のことでは驚いたり悩んだりすることはなくなります。
牧場の真っ只中の肥溜め、いや間違い、
ステンレスバスに浸かれるくらいですから、
池の中で、これまた、スッポンポンで泳ぐことくらいは、
何の抵抗もなくなります。


次に、屈斜路湖湖畔の池の湯にやってきました。
ここは、何度かテレビでも放映されたことのある白鳥の渡来する池なのです。
というのも、この小さな池から温泉が湧き出しているため暖かく、
極寒の冬の北海道で越冬する白鳥たちにとっては、
数少ない楽園の一つとなっているようです。

この大自然そのもの温泉は、
北海道“身勝手一人旅”の中で当初から期待していた温泉の一つでした。
しかし、私が奥摩周湖温泉で“牛”になって
ステンレスバスに入っていなければ、
この池を“露天風呂”として入浴しようという決心は、
なかなかつかなかったと思います。

奥摩周湖温泉のステンレスバスの透き通った温泉とは異なり、
池の湯は、無色透明ではありません。

私は、温泉でも無色透明なお湯より、
白濁した硫黄泉や赤茶びた鉄泉など色のついた温泉が好きです。
逆に巨大温泉ホテルにある大浴場などの無色透明な温泉は、
本当に温泉なのかと疑わしくなり、
なかなか温泉気分を味わうことが出来ません。

そんな単純な温泉の好き嫌い分類からすれば、
この池の湯の色は、色つき、しかもめったに無い濃い緑色のお湯なのです。
温泉では珍しい緑色ですが、
ここは、温泉と言ってもあくまでも本来は池なのですから、
この緑色は、普通の池の色と変わりがないのです。

それはそうですよね、なにせ池の湯は、
見た目は何処にでもある“池”そのものなのですから。

そうです、この温泉の緑の色は、何を隠そう、
自然に池に生えている藻の色なのです。

この藻の色の緑の湯は、池でさえなければ、
万病に効く効能あらたかな薬草湯になるのは間違いありません。

この池の湯は、くどいですが、自然の池ですから、
ステンレスバスとは違い、底は泥で出来ています。

ステンレスバスなら、家では洗剤で洗い奇麗に磨いてお湯を溜めますが、
自然の池を洗剤で洗ったという話は聞いたことが有りませんよね。

従って、ここ池の湯の水、いやこの場合は、
温泉ですが、濁って汚れているのです。

その濁りと藻の色が“調和”して
万能あらたかな“薬草湯”のような濃い緑色を作り出しているのです。

まして、テレビで放映されるような白銀の世界の中、
湯気が上がっている中で白鳥の姿を映し出す、
美しい池ではありません。

夏の暑いさかりに暖かい温泉が湧き出ている池です。
池の水が温かいのでたくさんの藻が群生しています。

これまで事前に目を通したガイドブックの何冊かにも
この池の湯が紹介されていましたが、

“洗剤で定期的に掃除をしています。
 奇麗なのでご安心して露天風呂をお楽しみください”

とは、どこにも書かれていません。

今回の北海道温泉巡りの中でも、大自然そのものの露天風呂で、
ぜひ訪れたいと思いやってきた私です。

確かに、“いっさい手の加えられていない露天風呂”を目の前にして、
誰にも文句を言えるはずがありません。

奥摩周湖温泉で一度牛になっている私は、
今度は、何のためらいも迷いもありません。

冬、白鳥の渡来する池で有名なら、
夏は私がアヒルにでもなればよいのだと。

水掻きならぬ、五本の指で池に浮かぶ藻を掻き分けながら、
当然裸で、優雅に池の湯を泳ぎ回りましたね。

そのうち一台のタクシーがやってきて、
乗っていた熟年夫婦に運転手が説明しています。


 「この池は、温泉が沸いていて暖かいので毎年冬になると、
  この暖かい池の湯を求めて白鳥が渡来するのです」
 「あそこで泳いでいるのは何ですか」
 「ああ、あれは、社会に馴染めず、逃避行動をとっている人間、
  いや醜いアヒルです」

と、言っているかは分かりませんが、
いずれにしても、人間を見ているような目つきではありませんでした。


 『池の湯で 藻をかきわけて 湯に浸かる
               ここまでくれば 醜いアヒル』


★データ
(走行距離)二百二十三キロ
(入浴温泉)奥摩周湖温泉・鐺別温泉・弟子屈温泉・和琴温泉・
      コタン温泉・池の湯温泉・赤湯温泉・砂湯温泉・
      川湯温泉・仁伏温泉・藻琴山高原温泉・藻琴山温泉・
      女満別温泉






                   (”北海道身勝手一人旅”目次へ






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テーマ : 温泉 ジャンル : 旅行

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