2018年06月 / 05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
EDIT  |  --:--  |  スポンサー広告  |  Top↑

2011.01.04 (Tue)

【その他】 息子と一緒に

    
   
息子と一緒に               2011.01.03




「ガンバレー!」

隣で嫁さんが大きな声を出している。
私も小旗を振りながら負けずに応援をする。

「行けー!」

我が家では、毎年正月は二ヶ所出かけるところがある。

箱根駅伝復路の応援と川崎大師への初詣である。

都筑に転居する前は鶴見区に住んでいたことと、
二男の卒業した学校が箱根駅伝の常連校である関係で、
ここ10年ばかりは鶴見中継所の少し手前で応援をするのが正月の慣例行事となった。


息子と一緒に1   息子と一緒に2




TVではたくましく大きく見えるのだが、
実際に目の前を走り去っていく選手たちは以外に小柄である。


沿道の人達は、それぞれ応援する学校があるのだろうけど、
どの人達も目に前を通過する選手たち全てに声援を送っている。

必死の形相をして走る選手、
まだまだ余裕のありそうな選手、
それぞれが母校の襷を前に運ぶことに持てる力を出しきっている。

そんな彼らの姿を見ていれば、嫁さんであれ私であれ、周りの人達も皆、
自然と大声で頑張れと声をかけたくなるのである。


今朝も、嫁さんと箱根駅伝の応援に出かける時間を話し合っているとき、
長男は一日から仕事で出かけていたが、家にいた二男が珍しく一緒に応援に行くという。
今も鶴見の方に住んでいる二男は箱根駅伝の応援は初めてらしい。

最初はなんだかんだ言っていた二男だったが、
嫁さんと私が大声で声援をしているのを見て
自分も声を出して応援をするようになっていた。


息子と一緒に3   息子と一緒に4



始めて子供と一緒に並んで小旗を振る嫁さんも楽しそうである。


母親と息子、選手来る間、何か話している。
父親と息子とではまず醸し出せない雰囲気がそこにある。

そんな二人を、チラリチラリ盗み見をしたり聞き耳を立てながら
嬉しがっている私なのである。


箱根駅伝を応援した後、二ヶ所目の川崎大師に初詣に向かう。
正月三が日で300万人は訪れるという川崎大師。
参道はヒトひと人であふれかえっている。


息子と一緒に5   息子と一緒に6


1時間以上お参りの人達の列に並んでようやく本堂に着く。


息子と一緒に7   息子と一緒に8



その間も嫁さんと二男、いろいろ話をしている。
私は相変わらず蚊帳の外である。

それでもいいのである。
息子と一緒に初詣に来ただけで有難いのである。

今年も良い年でありますよう、
お祈りをして川崎大師をあとにする。


息子と一緒に9   息子と一緒に10



母と息子、その後ろ姿、いいものである。
  
   
  


                                         【その他】 目次


テーマ : 横浜!YOKOHAMA! ジャンル : 地域情報

EDIT  |  07:15  |  その他  |  TB(0)  |  CM(12)  |  Top↑

2010.12.23 (Thu)

【その他】 災い転じて福となす?

          
          
災い転じて福となす?


       
「すごいね、母さん、こんなふうに海の向こうに富士山が見える所は少ないのよ」

「私もこんな富士山始めてよ!しかも晴れていて最高ね」


災い転じて福となす1   災い転じて福となす2



義母と嫁さんの声が弾んでいる。

この会話は、つくねも含め先日みんなで西伊豆の戸田温泉に出かけ、
その帰りに海岸線を走っていた時の会話である。
 
しかしその前の日は言葉にこそ出さなかったが、
かなり問題をはらんだ状況だったのである。


今年の猛暑が相当堪えていた義母が、
最近ようやく体調も良くなり箱根や鎌倉など外出が出来るようになった。

それでも以前のように泊まりがけで何処かに行こう誘っても、
まだ体力に自信がないと言って、頑として首を縦に振らないでいる。

元気の元は食べることと身体を動かすことと思っている私であるが、
なんとか義母を外出させるところまでこぎつけたのであともう少しなのである。

今回の西伊豆の戸田温泉は、ペットが泊まれて家から近い温泉宿の候補の一つで、
以前から義母を誘っていた温泉の中の一つであったが、
義母は泊まりがけはどうしても嫌だと言って関心を示さないでいた。



「貴方の誕生日には、どこか美味しいもの食べに行きましょうね」

義母は、私の誕生日を祝ってくれようとしている。

「美味しいものもいいけど、どこか泊まりがけで温泉にでも行こうよ」

と、せっかくの義母の申し出を何とか一泊の温泉旅行に変えようとする私である。

「私はつくねと家にいるから、貴方がた二人で行ってきたら」

と、つれない返事である。

去年までは横浜に来るたびに1週間ほど馴染みの温泉宿で泊まることを常としていた義母なのに、
余程体力に自信がなくなったのであろう。


誕生日の前日にも、駄目もとで話をしてみるが、
義母の意思は固く良い返事は返ってこなかった。


「誕生日おめでとう!」

誕生日の朝、義母や嫁さんからお祝いの言葉をかけられる。

朝食も終わり、部屋に戻ってパソコンを触っていると、
嫁さんが来て、夜会食するお店に予約の電話を入れておいて欲しいという。


「うん、良いよ、でもその前にもう一度おばあちゃんに西伊豆に行こうと声をかけてみて」

私の誕生日の祝いというせっかくのチャンスを逃すと、
本当に義母は泊まりがけの旅行はもう行かなくなってしまうかもしれない。

”病は気から”ではないが、もう歳だからと自分で思い込んでしまってはまずいのである。


しばらくして下に降りて行った嫁さんが戻ってきた。

「母さんが伊豆に行くって!もう準備を始めているよ」

てっきり無理と思っていた泊まりがけの旅行である、
やはり、私の誕生日祝い、ということが効いたのであろうか。

私も急いで下に降りて行き義母と顔を合わせる。

「ヤッター!」

子供のように義母に声をかけると、義母が苦笑いを返した。

さー大慌てである。
つくねは、もう既に尻尾振り振りで部屋の中を走り回っている。

宿に電話をする。
平日だったので幸い部屋が空いていた。
良かった!

バタバタと用意をして11時過ぎに車で家をでる。
つくねも泊まりがけの旅行は久しぶりである。


こうして急に決まった西伊豆の戸田温泉行き、
朝食を終えても泊まりがけの旅行には全く関心のなかった義母、
戸田温泉がどの辺りにあるのかまるで分かっていない。

「ここから何時間くらいかかるの」

体力に自信がないと思い込んでいるので、
とにかくどれだけ時間かかるかが気になるのである。
2時間半ほどと答えるが、とにかく出てしまえばもうこちらのものだ。


途中、新しく改装オープンした東名足柄SAで休憩を兼ねて昼食を取る。
従来のSAから大きく変質した”EXPASA足柄”、まるで一つのテーマパークである。


災い転じて福となす3   災い転じて福となす4



ここまでは、何にも問題はなかった。
なんだかんだと泊まる旅行を拒み続けていた義母も快晴の中、
大好きなつくねに声をかけながらドライブを楽しんでいた。

沼津ICで東名を降り、宿のHPで指定されたルートに従い、
伊豆中央道経由県道18号の山道に入る。

足柄SAで1時間ほど休憩を取ったといえ
車に乗っている時間は既に予定の2時間半は超えているが、
道はくねくねしたつづら折りの山道が続いている。


「82歳の年寄りがこんなところまで来るなんて」

突如後部座席から義母の声が聞こえた。

「おばあちゃん、本当は、”こんなとこまで連れてこられるなんて”、と言いたいんだろう」

この時の私には、まだ義母に冗談を言い返すだけの余裕があった。


なんとか山道を下り、目指す戸田温泉の宿についた。

”エッ、ここなの?!”

まずい、これは失敗したかなと
最初の“やばい”が私の頭の中を駆け巡った。

西伊豆の戸田温泉の今回の宿、
当然宿は海の見える所だという先入観があったので宿のHPで確かめることもなく
ペットと泊まれ部屋食で魚料理が自慢の宿ということで選んだのである。

ところがである、なんと着いた宿は、
海なんか何処にも見えないミカン畑の中にポツンと立っているではないか。
宿のHPには”和風モダンな宿”とあったがどうみてもただのホテルである。

あれだけ嫌がっていた義母を無理して連れ出してやってきたのに
これでは女性達の顔をまともに見れるわけがない。


仲居さんに案内されている間もみんなには会話がない。
まずい!

3階の角部屋に通され荷物を窓際に置き、
なぜか降ろされている窓のブラインドを上げようとした。

”なんだあれは!!”

私の落ち込んだ気持ちに更に追い打ちがかかる。

窓の外から見えたのは西伊豆の紺碧の海ではなく、
なんとお寺のお墓だったのである。

二番目の”やばい”である。
ブラインドを上げることを止めて逆に完全に下まで降ろすことにする。


私の趣味は温泉巡り。
ほとんどは身勝手な一人旅であるが、唯一家族に感謝されているのは、
そんな温泉巡りの中で特に気に入った温泉に後日家族を連れていくことである。

そんな自称“温泉通”の私が選んだ宿がこれでは”温泉通”の看板返上である。


私自身、趣味の温泉巡りで戸田温泉には一度だけきているが
なにせ20年前のことである。
しかも入湯したのは共同浴場で宿には泊まっていない。

その上、今回はつくねが泊まれる宿という制約があり、
これまで入湯した中の評価の高い温泉宿を選んだわけではなかった。
しかし、これは言訳にすぎない。

ブラインドで窓の外の景色を隠し、
一服する間もなく嫁さんが担当の仲居さんに声をかける。


「ここから沼津までフェリーで行けますか」

実は、ここまで来る間の山道で義母が声をかけたあの時既に
義母の腰が痛くなっていたらしいのである。

嫁さんが、同じルートで帰るのは無理と考え、
フェリーで沼津まで帰る方法を考えているのである。

仲居さんの返事は、人だけが乗れる高速船が沼津まで就航しているが
フェリーは沼津には行っていないという。

仲居さんが部屋から出ていくなり、嫁さんから最後通告である。

「私達は、高速船で沼津まで行くから、あなた、車で沼津で待っててくれない」

もう、私からは、旅行気分はとっくに何処かに吹っ飛んでしまっていた。


もうこうなると唯一の救いは、神経痛に効能があるという温泉である。

「つくねは僕が見ているから、ゆっくり温泉に入ってきて」


ブラインドの下がったままの部屋に残されたつくねと私。
陽が落ちるにつれ少しずつ辺りは暗くなっていくが、
私の頭の中は既に真っ暗である。

義母と嫁さんらが温泉に入っている間、
高速船以外でカーブの少ないルートがないか宿の人に確認をする。

来た道よりましなルートがあると教わるが、
果たして義母や嫁さんが納得するか分からない。


しばらくして、顔色が良くなった義母と嫁さんが部屋に戻ってきた。

「誰もいなかったのでゆっくり入ってきた」

気持ちの良い温泉だったという。


災い転じて福となす5   災い転じて福となす6



入れ替わりに私も温泉に入り部屋に戻ると
テーブルの上には驚くほどの料理が並べられていた。


災い転じて福となす7   災い転じて福となす8


いや、テーブルの上に乗りきらない料理が脇に置いてある。

「ワーッ、この料理の量は半端じゃないよ」

思わず漏らした私の声に、義母も嫁さんも笑いながら頷いている。


海こそ見えないが、間違いなく漁港のある戸田温泉。
嫁さんは大好物のカニと格闘し、義母は新鮮な魚料理に舌鼓を打つ。

人間やはりお腹が膨れることは心を穏やかにしてくれるのだろう、
あの暗ーい雰囲気が目の前の美味しい料理を食べている間に薄らいで行った。


家とは様子が違うのか落ち着きのなかったつくねも、
大好きな皆と一緒に寝れるのが嬉しいのか、
子供のようにはしゃぎまわっていた。


災い転じて福となす9   災い転じて福となす10



寝る前にもう一度温泉に浸かりにいた義母と嫁さん、
朝起きた時には心配していた腰の痛みも消えていてほっと一安心である。


宿に着いた日は、それどころではなかった戸田港にも立ち寄り、
あわや別々に帰ることになったかもしれない高速船も見るだけで済み、
なんとかみんな一緒に海岸線を通って帰ることが出来るようになったのである。


災い転じて福となす11   災い転じて福となす12




海岸線とはいえそれなりに曲がりくねった道が続く。
今度は義母の腰を傷めないよう、
後からくる車を先に行かせながらゆっくり車を走らせる。


そんな時に目の前に飛び込んできたのが海を前に従えた富士山である。

「すごいね、母さん、こんなふうに海の向こうに富士山が見える所は少ないのよ」

「私もこんな富士山始めてよ!しかも晴れていて最高ね」

冒頭の義母と嫁さんの感嘆の声である。


災い転じて福となす13   災い転じて福となす14


ゆっくり走ったせいでもあるが、それから1時間ほどは
ずーっと富士山を眺めてのドライブであった。


一時はどうなるかと思った今回の泊まりがけの旅行、
義母も嫁さんもそしてつくねも満足そうである。

本当に”災い転じて福となす”である。

よかった!






                         
                                         【その他】 目次



テーマ : 国内旅行 ジャンル : 旅行

EDIT  |  07:15  |  その他  |  TB(0)  |  CM(11)  |  Top↑

2010.12.07 (Tue)

【その他】 いざ鎌倉へ


       
いざ鎌倉へ




「つくね”も”行く?」


義母のこの言葉で、つくねが尻尾フリフリでリビングを走り回り出した。

最近になりようやく義母も元気を取り戻した。

嫁さんはもう義母はもう歳なんだからそんなに無理せずにというが、
私はなんとか義母を外に連れ出し刺激をと思っている。

朝から晴天で今日一日暖かいと言う。

「何処か車でドライブにでもでかける?」

と、義母に声をかける。

いつもなら、何やかや理由をつけて外出を控える義母だが今日は違った。

「何処かいいところある?」

と珍しく前向きな答えが返ってきた。

こんなことはここ最近めったになかったことで、
気が変わらないよう直ぐに行き先を考える。

「箱根はこの前行ったし、温泉は無理だよね」


いくら調子が良くなったとはいえ長距離は無理である。

義母の頭の中には車での移動なら
1時間当たりが限界だという意識が出来あがっている。

実際は先日出かけた箱根でも、
結果的には3~4時間は車に乗っているのだが
1時間以上は体力的に駄目と思いこんでいる。

82歳になる義母、今年の猛暑で体力に自信がなくなっているのはよくわかるが、
かといって家に閉じこもり、わずかな散歩だけでは老けこんでしまう。

脳の刺激にも家の外に連れ出すのが一番と思っている私なので、
遠いとか長時間かかるという印象を与えるともう義母は外に行こうとはしなくなる。


「伊豆はちょっと遠いし、富士五湖のあたりはどう」

「何時間かかるの」

やはり時間を聞いてきたのである。
2時間はかかると答えると、行きたくないという。

ぐずぐずしていては、せっかくの外出するという気持ちがなくなってしまう。

その時、思いも付かないような場所がひらめいた。

「おばあちゃん、鎌倉の小町通りって行ったことがある?」

嫁さんも、このアイデアに即反応した。

「かあさん、行ったことがないなら面白い所よ、いろんな小物の店が有って」

「鎌倉なら、高速に乗れば1時間もかからないし、帰りは湘南海岸をドライブしよう」

ということで、尻尾フリフリのつくねとなったわけである。



都筑ICから朝比奈ICまでは20分足らずである。

サンルーム化した車の中では、つくねを中心にして話がはずむ。
一旦外に出てしまえばもうこちらのものである。

あっという間に朝比奈ICまでたどり着いたが、
そこから鎌倉までが渋滞していたのである。

平日なのに、車の前後左右には大勢の中高年の人々が、
古都鎌倉の名所を求め歩いている。

都筑の森の緑道とは違って、
歩道もない狭いスペースを車を気にしながらの散策である。

何年ぶりかの鎌倉であるが、訪れたのは定年前で土日か祝日である。
いつも混んでいるのだが、平日までこれほどの人出があるとは思わなかった。

「つくね、鎌倉だよ、つくねは初めてだね」

結果的には、鶴岡八幡宮まで1時間ほどかかってしまったが
義母は時間なんかまるで念頭になく嫁さんやつくねに楽しそうに話しかけている。
1時間は、あくまでも家を出るまでの義母の頭の中に立ちはだかる壁なのである。

小町通りに行く前にせっかくだから今年の3月に台風で倒れた
樹齢千年のイチョウが今どうなっているのか見ていこうという。

つくねは、初めての鎌倉の名所と人ごみの中で右往左往である。

義母はあれだけ外出を嫌がっていたのがどこ吹く風、
早速境内で売っていたぎんなんを見つけ口にほうばる。
もう遠足気分である。

話題になった樹齢千年のイチョウの木、
倒れた後の再生処理が巧く行ったのか、
太い幹から若木が一杯伸びている。

義母もつくねも千年とは言わないまでも、
今日のように外出ができ”遠足”気分を味わえるよういつまでも元気でいて欲しい。

小町通り、本当に平日だというのに人ひとヒトで
つくねを歩かせていてはいつ誰かの足で踏まれるかわからない状態である。

これでは、ぶらり小物の店を見て歩き、
何処かで美味しい昼食でも、といった雰囲気ではない。

小町通りを少し歩いたところで、
旗地の奥まった所に外に椅子を置いて何か食べさせてくれる店を見つけた。

何人かのお客が椅子に座って何かを食べている。
店の看板に”しらすたこ焼き”とある。

小町通りで、3人の小町娘が反応する。

義母もそんなには歩けないので、
“美味しいもの”は”しらすたこ焼き”と決まったようである。

つくねや私に不満があるはずがない。
特別に私には好物のソフトクリーム付きである。

待つことしばらくして、大ぶりのしらすたこ焼きが現れた。
このしらすたこ焼き、侮ってはいけなかった。
これもかと言わんばかりの大きなたこがたこ焼きの主役を演じ、
しらすが味を引きたてる名脇役を果たしているのである。

義母も一人前をぺろりと平らげる。
可哀想だったのが、初めての鎌倉だったつくねで、
ソフトクリームのコーンカップの残りだけで我慢しなければならなかった。


帰りに通った湘南海岸。
晩秋の穏やかな海が、午後の暖かな陽の光で輝き
江の島の先にはうっすらと富士山までが我々を歓迎してくれた。

次に来た時、江ノ島辺りで遊べば3人の女性達は、
小町娘から湘南ガールズに変身するに違いない。

これから、何かあれば鎌倉へ行けばよい。
そう、”いざ鎌倉”である。

つくねは、一人(?)しらすたこ焼きを貰えず義母の膝の上で目を閉じていたが
義母も嫁さんも小町娘の気分で笑顔の楽しい一日であった。







                                         【その他】 目次



テーマ : 雑記 ジャンル : 日記

EDIT  |  07:15  |  その他  |  TB(0)  |  CM(5)  |  Top↑

2010.11.09 (Tue)

【その他】 逆効果

     
   
    
逆効果                      2010.11.09



先日ようやく連れ出せた。

誰を?
義母を。

何処に?
映画を見に。

その前の日、嫁さんが義母を美容院に連れて行った。
義母は余り行きたがらなかったのだが、
嫁さんも何とか義母を外に連れ出そうと考えているらしく、
そこは女性同士、やはり綺麗になるのが気分転換の近道ということなのであろう。

やはり義母も美容院に行って気分が良くなったのだろうか、
今日映画にでも行こうかと誘うと出かけてもいいと言う。


気持ちの変わらないうちに、早速映画館のあるららぽーとに向かう。
港北東急やノースポートにも映画館があるが、
義母も嫁さんも私も、ららぽーとのソフトクリーム大好き人間。
映画を見た後は、好物のソフトクリームが食べたい理由でららぽーとに行く。


車の中で義母が言う、

「私みたいな年寄りが映画を見に行っているかね」

以前も同じようなことを言っったことがある。
ららぽーとで椅子に嫁さんと3人で座りながら、

「あの人の歳は75歳くらいかね」

「私みたいな年寄りじゃないでしょう」

「でもお母さんより若いのに老けて見えるわね」

3人で勝手に他の人の歳を想像しては、白い歯を出しながら笑っていた。

ららぽーと、確かに若い人達が買い物に来るお店が多い。
平日などはヤングママで一杯だし、
学校はどうしたんだろうかと心配するほどの中高生も目立つ。

そんな中での義母の言葉ではないが、
82歳といった義母のような年寄りの姿は確かに余りというかほとんど見かけなかった。


そんな若い人達が集まるららぽーとに義母と映画を見に行こうというのである。

義母の言葉ではないが若干不安になる。

不安になるのは義母の歳ではない。
映画を見るのに一切年齢は関係ないはずである。

不安なのは見に行く映画の内容にあるのである。

”十三人の刺客”

そう、役所公司、稲垣吾郎らが出演する時代劇である。


逆効果1
 (東宝映画紹介より転載)


江戸後期の明石藩の藩主で将軍の異母弟役の稲垣吾郎が、
その暴虐無法の振る舞いを見事に演じていることと、
映画の後半数十分にも及ぶ刺客と藩主側の死闘が話題の映画である。

ベネチア国際映画祭出展作品だということもあり
いつか見に行こうと思っていた映画である。


暴君をやっつけるスカッとした映画を見れば
義母も少しは気分転換になるのではないかと、
車の中で粗筋を話しているところまではよかった。

ららぽーとについて映画館に入る。
チケット売り場は他の映画を見る人も含め結構大勢の人達でにぎわっている。


逆効果2


だが、義母の言う通り80歳を超えていそうな人は、
確かにいないことも事実である。


映画が始まる。
のっけから諫言する江戸家老の切腹シーンで血が流れ、
その家老の一族を生きたまま、藩主の稲垣が矢で殺していく。

宿場とした尾張藩の家臣の妻がなぶりものにされ、
両手両足を切断された女性が出てくる。
 ・ 
 ・
 ・
藩主稲垣の暴虐無法の振る舞いが次から次へとスクリーンに映し出される。


これは、駄目だと思った。

映画そのものを言っているのではない。

義母の気分転換のためにと思って連れてきた映画、
気分転換どころか気分が悪くなるに違いない。


案の定というか心配したとおり義母は、
途中で嫁さんと席を立って出て行ってしまった。

私も、帰ろうかと思ったが、
なにせ”ベネチア国際映画祭出展作品”であり、
後半の死闘シーンを見ないで帰るのも惜しいと思ったがしょうがない。

しかし途中で帰ることはもったいないと思ったのか嫁さんが戻ってきた。
義母を何処かに休ませてきたのだろう。

お陰で何とか13人の刺客対200人の家臣団との死闘シーンを見ることが出来たが
これといった感動を感じることはなかった。

13対200という大差の肉弾戦で藩主の稲垣を討ち果たすという
非現実的な設定がいくら映画といってもリアリティに欠けている。

それよりも義母が一人で数十分も待っていることが気になり
スクリーンに身がはいらなかったのかもしれない。


義母の気分転換にかこつけて
自分が見たい映画を見に行くという不純な動機では義母が喜ぶはずがない。
映画を観終わって外で待っている義母に何度も謝るしかなかった。


逆効果3


救いは、1時間ほど一人で待っていた義母が、
ららぽーとに来たもう一つの目的であるマザー牧場のソフトクリームと
遅めの昼食を美味しそうに食べてくれたことである。


逆効果4   逆効果5




気分転換どころか気分を悪くしてしまい逆効果の一日であった。

反省!







                                         【その他】 目次



テーマ : 気になる映画 ジャンル : 映画

EDIT  |  07:15  |  その他  |  TB(0)  |  CM(5)  |  Top↑

2010.10.20 (Wed)

【その他】 しまった、忘れていた!

 
 
しまった、忘れていた!            2010.10.20




朝、起きてきた義母がリビングに入るなり
先に座っていた我々夫婦に言った。 
 
 
「おめでとう!」


いつもなら、普通に

「おはよう」

で朝の会話が始まるのだが、今朝は違ったのである。


「有難う!」

嫁さんが義母に応える。

私は、何のことかわからず、嫁さんの顔を何度か見てしまった。
これがまずかった!


義母が何を持って”おめでとうと”言ったのか、
その時点では分からなかったのである。

一瞬というより、嫁さんの顔を見ながら首をかしげたのだからどうしようもない。

ふた呼吸程おいたあとに、義母が口にした”おめでとう”の意味が分かった。
でもそれでは既に遅すぎたのである。


義母が起きてくる前に嫁さんとの朝一番の会話は、

「おはよう」

といつものように始まり一言二言話した後、

「今日、映画か温泉にでも行こうか」

と何気なく提案した。

しかし、この提案は、義母の気分転換のための提案で、
義母の”おめでとう”と同等の意味を込めて嫁さんに話しかけたわけではなかった。

その時は嫁さんの態度には特に目立った変化はなかった。

「母さんは無理と思うよ、あなた一人で行ってきたら、」

いや、変化に気付かなかった私が抜けていたのである。



後から起きてきた義母の

「何年目?」

の言葉で一瞬にして今日が何の日か気が付いた。

嫁さんが答える前に間髪を入れず返事をする。

フー、やばい!
今日の日のことを私が忘れていたことを嫁さんは気が付いただろうか。

なにせ、義母の”おめでとう”の言葉に
ふた呼吸くらいは首を傾け嫁さんの顔を見ていた私である。


例年なら、まず忘れることはないのであるが、
今年は義母の体調のことがずーっと気になっていて、
今日の日のことは完全に失念していたのだ。

しかし、これは私の言訳である。
義母が”おめでとう”と言うまで、いや正確には“何年目”と言うまで、
今日の日のことをすっかり忘れていたのであるからどうしようもない。


朝食時の会話をムニャムニャと取りつくろいながら
その場をごまかすしかなかったのである。


その後のフォローが大変であった。

こんな日に、“温泉に行こう”とか“映画に行こう”というのは
今日の日のことを忘れていた証しのようなものであるが
間違ってもそんなことを白状してはならない。

義母の“何年目?”の言葉ではないが、新婚早々の夫婦ではないので、
嫁さんも目立った態度を示すわけではない。


私のほうも、今日の日のことを気付いたからと言って、
“温泉か映画にでも行こうか”を急に変更してはまずいことぐらいは十分分かっている。

このあたりの呼吸が“何年目”ではなく”何十年目”にもなる熟年夫婦の接し方の妙である。



「おばあちゃんは、まだ身体がいまいちだから無理かな」

ていよく義母をだしに使うしかこの状況を打破する方法はないのである。


「無理と違う、行きたいのなら貴方一人で行ってきたら」

やばい!
やはり、嫁さんは気が付いている。
何とかリカバーショットを打たねばならない。

「おばあちゃん食欲ないから、夜は、おばあちゃんの気に入っているあの店に行こうか」

バレバレだが、しようがない。
ここはぐらついてはいけないのである。

今日の日のことを忘れていなかった事で押し通すしかないのである。


義母の了承も取れ、お店にも予約が出来、
何とか今日の日らしい段取りは一応取ることが出来た。

しかし、夜までには、まだかなり時間がある。
今日の日のことを完全に忘れていたのだから、
嫁さんに渡すプレゼントなんか準備しているわけがない。


「あなた、温泉に行きたいなら行っておいでよ」

嫁さんの言葉が冷たく聞こえるのは、
やはり私に負い目があるからであろう。

この時、天啓なのであろうかもう一つのリカバリーショットが思いついた。


「それなら、お店に行く前までの間、ちょっと温泉に行ってくる」

と嫁さんに声をかけて家を出る。
行き先は、温泉ではなく花屋さんである。

何種類の切り花を買い求め急いで家に戻る。

嫁さんは、義母の昼寝に合わせ自分も横になろうとしていたところだった。
今日という日に旦那から何も無しでは、ふて寝でもするしかしょうがなかったのだろう。

花束を見たとたん、嫁さんの態度が一変する。


「有難う!私も温泉に行くから花を生けるまで待ってて」

しまった1


今度のリカバリーショットは効果があったようである。
照れ臭いが、嫁さんの変化にほっと肩をなでおろす。


「おばあちゃんは温泉は無理なんだろう、それなら写真を撮りに行ってくるよ」

夕食のセットと花のプレゼントで、
ようやく”今日の日”らしく思えてきたのであろう、
見送る嫁さんの発するオーラも柔らかく感じられる。



写真を撮りに行って家に戻る頃には陽も落ち、
予約しているお店に出かけるのによい時間となっていた。

ちょうど、家に来ていた二男も一緒に行くという。



「おめでとう」の義母の一言で始まった“今日の日”、
こうして義母と二男が手をつないで歩く姿が、
今度は、我々夫婦二人にとっての何よりものプレゼントになった。



しまった2   しまった3






                                          【その他】 目次





テーマ : 独り言。 ジャンル : 結婚・家庭生活

EDIT  |  07:15  |  その他  |  TB(0)  |  CM(11)  |  Top↑
PREV  | BLOGTOP |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。